帰郷
宮殿近くの駅から電車を二本乗り継ぎ、そこからタクシーに揺られること約三十分。
三ヶ月ぶりに踏み締めた土地は、秋も末の色彩と冷たい空気に包まれていた。
「んー。レイミヤって、結構遠かったんだなぁ……」
長時間の移動で固まった体をほぐしながら、キリハは感慨深い気分で呟く。
その後ろで。
「おい。こんな所まで連れてきて、何をするつもりだ。」
不可解そうなルカと、困惑しているサーシャとカレン。
そういえば、付き合ってとは言ったものの、目的などは何も伝えていなかったような気がする。
「だって、みんな暇だって言うからさ。せっかくだし、ばあちゃんたちに紹介しようと思って。」
「……ってことは、ここがキリハの住んでた所?」
「そうだよ。」
カレンの質問を肯定すると、三人は周りをきょろきょろと見渡し始めた。
見えるのは辺り一面の田畑と、舗装されていない道だけ。
言いたいことは痛いほど分かる。
「ええっと、なんていうか……
努力して言葉を探したが、結局見つからなかったのだろう。
カレンが言いづらそうにしながらも、そんな簡潔な感想を述べた。
「俺からしたら、フィロアが都会なんだよ。」
こんな反応をされるのは、最初から予想できていた。
頬を膨らませておどけた口調で言い返し、キリハは次にぱっと破顔する。
そして、目の前に伸びる一本道の先を指した。
「さて、時間はかかっちゃったけど、もうちょっと。あそこに見えるのが俺の家。」
道の向こうには、大きな建物が鎮座していた。
キリハは三人を先導して歩き始める。
一本道なので先を歩く必要もないのだが、そこは気分というやつだ。
孤児院までの長いようで短い道のりの途中、畑で仕事をしていた人々から次々に声をかけられた。
さすがは田舎と言うべきか、皆自分が帰ってくることをすでに知っていて、温かな歓迎の言葉をくれる。
「あっちでもこっちでも有名人ね~。」
感心しているカレンに、キリハは首を振った。
「中央区では、みんなが顔なじみなんでしょ? ここも似たようなもんだと思うんだけど。」
「でも中央区じゃ、みんなこんなに仲良くないわよ?」
「まあ、それは田舎だからかなぁ~。お、そんなこと言ってるうちに到着っと。」
開け放たれている門をくぐり、孤児院の玄関へと進む。
たくさんの子供たちが押し寄せても支障がないように作られた広い玄関は、少しばかり
まだ離れてからそんなに経っていないのに、とても懐かしく感じてしまう風景だ。
「ただいまー。誰かいるー?」
大声を張り上げると、玄関横にある窓口のドアが控えめな音を立てて開いた。
そこからひょっこりと出てきたのはナスカだ。
久しぶりに見るナスカの姿が嬉しくて、キリハは表情を明るくしてナスカに駆け寄った。
「ナスカ先生、久しぶ――― り!?」
キリハの言葉が途中で跳ね上がる。
キリハを待ち受けるようにして立っていたナスカが、急に感極まったような表情でキリハに抱きついたからだ。
「わあお。」
カレンがひゅう、と口笛を吹く。
しかし、そんな外野のことなどそっちのけで、ナスカはキリハを抱き締める腕にどんどん力を込めていった。
「んー…。みんなに怒られちゃうけど、出迎える人間の特権よね~。久しぶり。元気にしてた? ちゃんと食べてる?」
「元気元気。俺から元気を取ったら何が残るの?」
「それもそうね。」
「ええぇー。そこは否定してよ。」
軽口を叩き合って笑う。
当たり前だったはずの会話が、自分でも驚くくらいに嬉しかった。
ナスカは笑い声を収めてキリハから体を離すと、今度はルカたちに明るい笑顔を向けた。
「いらっしゃい。キリハから話は聞いてるわ。うるさい所だけど、ゆっくりしていって。さ、早く早く。」
ぐいぐいと背中を押してくるナスカ。
そんなナスカに、キリハは気になっていたことを訊ねた。
「ねえ、他のみんなは? やけに静かなんだけど……」
いつも耳を塞ぎたくなるほどうるさいのに、今ここには虫の音すらも聞こえてきそうな静けさが満ちていた。
「そりゃあ決まってるじゃない。」
「何?」
「みんなお待ちかねよ!」
ナスカが食堂へ続くドアを勢いよく開く。
次の瞬間、突如として全身を包む無数の爆発音。
「キリハ兄ちゃん! おかえりなさい!!」
今までの静寂を一転させる大合唱が、キリハを迎えた。
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