竜使い

「つっかれたあ……」



 自室に戻るなり、キリハは一直線にベッドへと飛び込んだ。



 結局あの後、孤児院に戻ってから成り行きで色々と手伝っていたせいで、今の今まで休む暇もなかった。

 孤児院も人手が不足しているので、今日みたいに休みが休みにならない日も多い。



 あの妙な出来事はというと、子供たちの素晴らしい要約能力によって、ぬいぐるみと自分が漫才をしていたという話になっており、いつの間に腹話術を身に着けたのかとナスカに変な誤解を与えてしまった。



「竜使い…か。」



 ぽつりと呟き、キリハはそっと左目に触れる。



 自分の容姿は茶髪に茶色の瞳とありふれたものだったが、唯一左の瞳だけは人目を引く綺麗な赤い色をしている。

 これが、竜使いとしての特徴だ。



「久しぶりに、あんな風に呼ばれたな。」



 ちらりと、今日出会ったぬいぐるみの姿が脳裏をよぎる。



 セレニア国はドラゴンを従え、彼らと言葉を交わしていたと有名だが、それは誰にでもできたことではなかった。



 ドラゴンと並び立つことができた人間。

 それが竜使いだ。



 そもそもこの国における人間とドラゴンの交流の始まりは、神竜リュドルフリアと一人の若者の出会いだとされている。



 若者の名はユアン。

 この国最初の竜使いである。



 彼はリュドルフリアと互いの血を交わすことで種族の壁を越えて言葉を通わせ、親睦を深めていったそうだ。

 そして長い年月を経て彼の血筋を引く者が増え、いつしか彼らは竜使いの一族と呼ばれるようになった。

 竜使いに共通する赤い左目は、リュドルフリアの血の赤だと言われている。



 竜使いは、昔こそドラゴンを従えることができると重宝されていたが、今は真逆で国民からまれる存在となっている。



 セレニア国を滅ぼしかけたドラゴン大戦。

 その責任を負わされたのだ。



 迂闊うかつにドラゴンなんかに気を許したから、こんな悲劇が起こったのだと。

 異なる種族である人間とドラゴンが分かり合うことなど、ありえなかったのだと。



 この国の歴史を語る人間は決まってそう言い、竜使いに後ろ指を差す。



 ドラゴンに関わってはいけない。



 これは幼い頃から刷り込まれる、一種の暗示のようなものだ。

 そして、竜使いに対する態度もまたしかり。



 目に見えた形で差別をすれば、人権保護の法律に引っかかってしまう。

 故に日常生活においては、普通の人々と竜使いは対等である。



 しかしそれは、あくまでも法律や制度の上での話。

 現実では、竜使いに対する人々の目は非常に冷たかった。



 キリハはふと息をつく。



 自分も両親が生きていた頃は、何かといちゃもんをつけられたことがあった。

 子供だからこそその悪意は純粋で、何度暴力沙汰ざたになったことか。



 それでも自分が泣きながら帰る度、両親は根気強く言い聞かせてきた。



 人を恨むな、と。



「なってしまったものは仕方ない。」



 生前の父の口癖を記憶と共になぞり、キリハは細長く伸ばした後ろ髪をぎゅっと握る。



 両親が死んでから、幾度いくどとなく考えた。



 ――― 本当に、両親は事故で死んだのだろうかと。



 そう考えて暗い思考に陥りそうになる度、必死に両親の言葉を思い返した。

 両親が死んだ日から伸ばし続けているこの髪は、時々落ちそうになる心の闇から自分を引きずり出すための命綱だ。

 落ち込んだり不安になったりした時はこうして髪を握ると、だんだん明るく前を向けるような気がした。



 でも、もしもこの孤児院に引き取られず、レイミヤの人々の温かさに触れられなかったら、自分は両親との約束を破っていたんじゃないかと思う。



(俺は、ここの人たちに救われたんだな……)



 それを実感して、キリハは柔らかく微笑む。



「父さん、母さん…。きっと、もう大丈夫だよ。」



 自分はもう、周囲から注がれるのが冷たい視線だけではないことを知っている。

 だから、きっと……



 キリハは目を閉じ、次に勢いよく体を起こした。



「それにしても、今日はうるさいな。」



 時刻はもう九時を回っている。

 消灯時間も近いというのに、下の階がやたらと騒がしいのだ。

 子供たちが何か叫んでいるようだし、さっきから廊下を慌ただしく走る音が―――



 バンッ



 部屋のドアがノックなしに開かれ、キリハは文字通り飛び上がった。



「キッ…キキキキキ……キリハッ!!」



 ドアを開けた体勢のまま、肩で大きく息をしているのはナスカだった。



「な……何?」



 なんだか今日は、状況についていけないことばかり起こるな。

 とりあえず返事をすると、ナスカはものすごい形相でこちらへ詰め寄ってくる。



「あなた、一体何をしたの!? 何か、変なことでもやらかしたりしたの!?」

「いや、生まれてこのかた、悪事を働いたことなんてありませんよ!?」



 半狂乱で近寄ってきたナスカがついには馬乗り状態になったので、キリハも必死に言い返した。



 そもそもこの町で下手なことをすれば、その行いは光の速さで町中に知れ渡るではないか。

 そんなこと、ナスカだって分かっているはずなのに。



「ええぇ……じゃあ、どういうことなのぉ……」

「まず、何が起こっているのかを教えてほしいんだけど……」



 戸惑いながら問うと、両手で顔を覆っていたナスカは、間近からずいっとこちらを指差してきた。



「お客様よ。しかも、あなた個人を名指しで。」

「誰が?」



「宮殿関係者。」



 キリハは目をぱちくりとしばたたかせ、口をポカンと開ける。

 そして。



「えええぇぇぇーっ!?」



 この日一番の絶叫が、室内にとどろいた。


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