《焔乱舞》の操り手ではなく……
「……どういうこと?」
質問の意図が分からず、キリハは眉を寄せて訊き返す。
「私たちと会ったことが、お前に何か大きな影響をもたらしたのか、それとも私たちと会う前からそうだったのかは分からん。ただ、お前の目は確実にこの国を離れているように見える。本当にお前は、ここにいたいのか?」
単純に聞いただけでは反感しか浮かばないようなことを、ノアは真面目に問うた。
顔をしかめるキリハの目を見つめ、ノアはゆっくりと右手を掲げる。
そして、まっすぐに海を指差した。
「また機会があったらとは言ったものの、本当は気になって仕方ないのだろう? ルルアのことも、それ以外の国のことも。」
ずばり核心を言い当てられ、キリハは思わず息を飲んだ。
「お前が知りたいと思うことは、全部教えてやる。世界中を見たいと思うなら、それが実現できるような立場を用意しよう。ここにいてそんなに不満そうな顔をしているくらいなら、ルルアでやりたいことを好きなだけやるがいい。私が全力で後押ししてやる。」
「………っ」
キリハは下ろしていた手で砂を握り締める。
無理だ、と。
数日前はあんなにあっさりと言えた言葉が、今は全然出てこない。
喉が震える。
心が揺れる。
どうしようもなく大きく、目が回りそうなほど強く。
「でも、俺は……」
必死に言葉を紡ぐ。
しかし。
「しっかりしろ、キリハ!!」
途端に表情を険しくしたノアが勢いよく肩を掴んできて、その言葉は
「いいか、よく聞け。私やディアラントも、そしてお前も、
「…………それって、今の俺は間違ってるって言いたいの?」
自分の口から、情けないほどに震えた声が零れる。
ノアはすぐに、首を横に振った。
「お前のこれまでの行動が間違っていたとは思わん。だが今のお前は、本当にやりたいことができているのか? やりたかったことができていると、そう断言できるか?」
「それは……」
砂を握る手に力がこもる。
やりたいことはできているはずだ。
レティシアたちは殺されなかった。
限定的とはいえ、外に出る自由も得られている。
文句はない。
でも、脳裏にたくさん浮かんでは消える〝本当は…〟という思い。
それが現状に納得しようとする心を邪魔して、ノアの言葉を否定する余地を綺麗に奪い去ってしまう。
「分かっている。今のお前は、今以上を望めないのだろう。だがな……」
ノアは自分の胸に手を当てる。
「お前なら、分かるだろう? 私もディアラントも、自分がやりたいことしかできない奴だと。私たちはな、そういう風にしか生きられんのだ。無理に自分を型にはめ込んで己を押し殺しても、それで満足できる人種ではない。そして十中八九、お前もそういうタイプの人間だ。それを十分に理解した上で聞いてくれ。」
ノアの瞳に強い光が灯る。
「キリハ。私と一緒にルルアに来い。セレニアじゃ、お前はどうしたって異端者だ。お前がやりたいことは、セレニアの枠には収まらない。お前は、もっと広い世界で活躍すべき人間だ。お前がやりたいことができるだけの立場と権力を用意する。レティシアたちも一緒に、ルルアへと招き入れよう。お前以上の戦力をセレニアに提供することも約束する。私は、《焔乱舞》の操り手としてのお前が欲しいんじゃない。
「………」
キリハは苦しげに眉を寄せる。
ノアの言葉を、何一つとして否定できない。
確かに自分の好奇心は、海の先へと向いていると思う。
自分の価値観が周りとはかなり違うことも、分かっているつもりだ。
でも、自分はここにいなきゃいけないと。
そう思う気持ちだって、ちゃんと胸にあるのだ。
《焔乱舞》との約束と、自分で課した義務。
セレニアの外へと向いてしまう関心。
どっちも大事な、自分の心。
そのどちらを優先することもできず、ノアの言葉に何も答えられないまま、キリハは腰の《焔乱舞》を強く握った。
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