エピローグ

光と闇は、いつも表裏一体で―――

 遠くで、誰かの叫び声が響いている。



 ああもう、うるさい。

 こっちはさっきも散々、あれやこれやと叫ばれたばっかりなんだっての。



 どれが誰の声かも分からない。

 ただその声たちの圧力は、ぼんやりとした頭をこれでもかというくらいに揺さぶってくる。



 ―――頼む……



 全てにしゃがかかった闇の中、何故かその声だけがはっきりと認識できた。



 誰だろう。

 深みがあっておごそかな声と、高めの少年の声が重なったような、ちょっと耳ざわりな声だ。



 彼を……

 あの子を……





 ―――救ってくれ。





 そんなことを言われた瞬間、闇が瞬く間に薄くなっていって―――





「戻ってきなさい! アルシード君!!」





 現実の鼓膜を貫く勢いで、聞き慣れない声が意識を呼び覚ました。



「……はぁ?」



 ぼやけた視界。

 それをほぼ埋め尽くす顔面に、出る言葉がそれしかなかった。



「なんで……よりにもよって、あんたなのさ。」



 かすれた声で、どうにか文句をぶつける。

 すると、必死そうな表情でこちらを見つめていたエリクが、どっと肩を落とした。



「よかった…っ。一時は、どうなることかと…っ」



 よほど緊迫していたのか、うつむいたエリクのあご先から、いくつもの汗が玉になって落ちていく。



 まさか、こいつに助けられた…?



 彼が白衣やら聴診器やらを身につけていることからそれを悟り、ジョーは不愉快そうに眉を寄せる。



 何が〝よかった〟だよ。

 そもそも、僕を殺しかけたのはお前なんだっての。



 思わずそう言いたくなったが、生憎あいにくと目覚めたばかりで口が上手く動かない。



「アルシード!!」



 悪態をつく暇もなく、今度は反対側から爆音が。



「アルシード……本当に生きとるか!?」

「ちゃんと見えてるか!? 聞こえてるか!?」



 目だけでそちらを見ると、自分の手を痛いくらいに握るケンゼルと、そんなケンゼルの腕を握り締めているオークスがいた。



 二人ともいつものたぬきづらはどこへ消えたのか、目いっぱいに涙をたたえている。



「……生きてる、見えてる、聞こえてる。無駄にしぶとくて悪かったね。」



 もしかして、自分が気を失ってからずっとこうしてたの?



 なかば呆れながら……どうにか体に力を込めて、ケンゼルの手を握り返してやる。

 するとケンゼルの目から涙が零れて、彼の手にさらに力がこもった。



「この馬鹿孫が…っ。心配させおって…っ」

「まったくだ…っ。あんまり、年寄りの心臓をハラハラさせないでくれ…っ」



 涙腺が崩壊してしまったのか、おじいちゃん二人は子供のように泣きじゃくる始末。

 この二人にも、涙ってものがあったんだ。



「先生、本当にありがとうございます…っ」



 さらに反対から別の声が聞こえて、もう一度エリクの方へを視線を滑らせる。

 そこでは、椅子に座り込んでいたエリクに、両親が涙声で頭を下げているところだった。



 なんか、色々とおかしい。

 普通、椅子に腰かけて自分の一番近くにいるべきなのは、この二人じゃないの?

 なんで僕は、両脇を赤の他人に固められてるのさ。



「うわ…。ミゲルにディアまでいるし……」



 両親に目がいったことで、その向こうに彼らの姿もあることに気付く。



「うわってなんだよ!? この薄情者が!!」

「はぁ…? 薄情って…?」



「自覚なしですか!? 勝手に一人で抱え込んで倒れた挙げ句、三日も死にかけといて!?」

「三日…?」



「おかげでドラコン部隊は、ほぼ全機能停止ですよ!! オレたちだけじゃなくて、みんな廊下で待機してますからね!?」

「うざぁ……」



「こんの…っ。この期に及んで、言うことがそれか!?」

「でも、先輩らしくて安心しました!!」



 あんたら、結局何を言いたいの?



 情緒不安定なミゲルとディアラントに、ジョーは辟易として息を吐き出す。



「―――ん…?」



 そこで、はたと気付いた。





「待って…? …?」





 思わず、エリク、ケンゼル、オークスの三人を睨む。



 エリクはまあ、分からないでもない。



 不本意だがこいつの腕の中で意識を失ったわけだし、こいつが自分を治療したなら、宮殿にあるカルテ情報から素性がばれてもおかしくない。



 だが、ミゲルやディアラントがいる前でその名前を呼ぶとは、一体どういう了見で?



「あ…」



 睨まれた三人は、間抜けな顔で互いを見つめ合う。

 その後。



「てへ?」



 誰からともなく、お茶目な仕草で舌を出した。



「この…っ。余計なことを……」



「あ、あははー…。必死になってて、つい……」

「も、もう情報解禁でいいじゃないか!」

「そうじゃ、そうじゃ! ここまで大事おおごとにした以上、秘密を明かすのが誠意じゃろう!?」



 しくじり三人衆は、互いのミスをごまかすようにそう言ってくる。



「くそ……めんどくさ……」



 なんてことだ。

 こうなるのが嫌だったから、今まで死に物狂いで昏倒だけはけてきたのに。



「エリク先生ー?」



 ふとその時、エリクの後ろからひょっこりと顔を出した看護師が、彼の肩をがっしりと掴んだ。



「ようやく通常モードに戻りましたねー? ―――なら、さっさと病室に戻ってください!!」



 突然大声で怒鳴られ、エリクはびくりと肩をすくませる。



「まったく! まだ全然本調子じゃないのに、なに鬼モードだけパワーアップさせてるんですか!?」



「いや、だって……」



「だっても何もないんです!! あなたのその、命に妥協しないところは大好きですけど、時と場合と私の気持ちを考えてください!!」



「ごめんってぇ……」



 無造作に白衣や聴診器を取り上げられ、エリクは子犬のようにしゅんとする。



 こいつは馬鹿かよ。

 三日前に初めてまともに話した他人より、付き合いの長い彼女を優先しろっての。



 二人が恋仲なのは明らか。

 ジョーは半目で呆れ、他はにやにやとして二人を見つめる。



「おっと。先輩の秘密はさておき、まずはキリハにも教えてやらないとな。」



 ぽんと手を打ったディアラントは、ポケットから取り出した携帯電話を耳に当てた。



「……お、キリハ! ジョー先輩が―――」



 彼の言葉が、ふいに途切れる。



「おい……どうした? まずは落ち着こうな。泣くのをやめてから、ゆっくりと話してみろ。な?」



 戸惑うディアラント。

 彼の発言から、電話の向こうにいるキリハが泣いていることが分かる。



 一瞬で険しくなる宮殿メンバーの表情。

 彼女に引っ張られていたエリクも、緊張の面持ちで彼女を止めた。





「は…? ロイリアが……―――壊れる…?」





 こうして、最後の事件が幕を開ける―――





◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 【第8部】はこれで完結となります。

 ここまでお読みくださった皆様、本当にありがとうございました。



 【第9部】あらすじ



「先に行って待ってるぞ。」



 そう告げて、ルカは消えた……



 他でもない自分の手によって、崩壊への坂道を転がり始めたロイリア。



 レクトの血で苦しむ彼を救う手はない。

 そんな方法、誰も知らない。



 ロイリアは理性を失って、これまで討伐してきたドラゴンと同じになってしまう。

 そうなったら……自分はロイリアに、浄化の炎を振り下ろさなければならないの…?



 激しい後悔と恐怖に苦悩するキリハ。

 その裏で、死の淵から這い上がったジョーも深い悩みに暮れる。



 二人を筆頭に、複雑な感情でがんじがらめになる人々。

 そんな人々の背中を押すのは―――



 変化を受け入れ、闇の底へと突き進んでいくルカ。

 変化を拒み、光と闇の境界線で揺れるキリハ。



 すでに到達している闇の行き止まりで、光を仰ぐに仰げないジョー。

 そして、自分が今どこにいるのかも分からないシアノ。



 分かたれた選択とたくさんの想いは紡ぎ合わされて、最後決戦の場へと集結していく。



 絆をわらうレクトか。

 絆を信じるユアンか。



 目覚めの咆哮ほうこうとどろく時、二人の長き戦いにも終止符が打たれる!!



 種族を越えて繰り広げられる、変化と絆の物語も最終幕!

 もがく人々が掴む未来とは―――!?



 どうぞ、【第9部】もよろしくお願いいたします!


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