心は同じであるはずなのに……

 無言でキリハに背を向けるアイロス。

 そして彼は、ドアの隣に設置されているカードリーダーに自分のカードをかざした。



 小さな電子音がして、オートロックのドアの鍵が開く音がする。



「あーあ…。ジョーさんに怒られますよ?」



 ネグレが諦めたように肩を落として、渋々といった様子でキリハを解放する。



「あはは…。まあ、その時は俺が胃痛と戦えばいいだけだよ。複雑だけど、あの人の圧迫尋問には慣れっこなんだ。」



 アイロスは苦笑する。



「それに、キリハ君だけを放り込むつもりはないから。万が一の時の責任は取るよ。」

「そうですね。」



 己の腰に下がる剣を握るアイロスとネグレ。



「じゃあ、行くよ。」



 アイロスがドアの開閉ボタンを押す。

 次の瞬間。



 ――――――ッ



 けたたましい絶叫が、鼓膜を突き破る勢いでとどろいた。



「つっ…」



 耳が痛んだが、そんなことは歯牙にもかけず、キリハは地下シェルターの中に飛び込んだ。



 ルカと共に入った時はとてつもなく広く感じたこの地下シェルターも、ドラゴンを二体も収容するといささか手狭に見える。



 予想はしていたが、暴れていたのは小さなドラゴンの方だった。

 必死に翼と体を動かしているが、その足に何重にも巻かれた太い鎖が邪魔をして、上手く身動きが取れないようだ。



 大きいドラゴンの方は、混乱したように暴れる仲間になすすべもないらしく、シェルターの隅で困ったようにか細く鳴いていた。



 ドラゴンが暴れるほどに、塞がっていない傷口から、血が噴き出しては床に落ちる。

 それを見たキリハは大きく顔を歪め、弾かれたようにその場を駆け出していた。



「キリハ君、待って!」



 アイロスの制止の声は、ドラゴンの悲鳴に掻き消される。



(ごめん……でも、やっぱり無理だよ。)



 自分の体を、自分でも止められない。



 居ても立ってもいられなかった。

 こんなにも苦しげなドラゴンの姿なんて、これ以上見ていられない。



 キリハは、無我夢中でドラゴンの首にしがみついた。



「飛ぼうとしちゃだめだよ! 血が止まらない!」



 必死に訴えるも、ドラゴンは落ち着く様子がない。



「大丈夫だから!」



 ドラゴンが身をよじらせる度に振り落とされそうになるが、それでもキリハは意地で食らいついた。



「このままじゃ、死んじゃう…っ」



 噴き出してくる血が全身を濡らす。

 頭から伝ってきたドラゴンの血が唇の端から入り込んで、口の中に鉄臭い味を広げていく。



「お願いだから……大人しくして……」



 ドラゴンの鳴き声が遠くなる。



「お願い…っ」





 もう、胸が――― 痛い。





「うっ…」



 感情が臨界点を越えて、目頭にぐっと熱いものがせり上がってきた。



「ごめん…。俺たちのせいで……」



 そうだよ。

 悪いのは自分たちだ。

 この子だって、暴れたくて暴れているわけじゃないはずだ。



「怖いよね……不安だよね………ごめん……ごめんね…っ」



 長い眠りから目覚めた途端に攻撃され、状況もろくに把握できないまま、こうして閉じ込められて拘束されているのだ。

 ドラゴンたちからしたら、理不尽極まりないだろう。

 この状況で、むしろ暴れない方がおかしい。



 人間と並ぶ知性を持っているなら、きっとドラゴンたちだって、人間と同じように心があるはず。

 それならきっと、こんな意味の分からない状況は怖いに決まっている。



「ごめん……」



 もう、謝ることしかできなかった。



 勝手にドラゴンが危険だと決めつけているのは、人間の方。

 何も知らないのに、知ろうともしない内から、彼らのことを敵だと思い込んでいる。

 そんなの、一方的な暴力と何が違うの?



 見た目が違うだけで、心はきっと同じであるはずなのに。

 それなのに……



 ………………



 気がつけば、いつの間にかドラゴンが暴れることをやめていた。



「うっ……ううっ……」



 静かになったシェルターの中に、自分の泣き声がやたらと大きく響く。



 泣いてどうにかなる問題じゃない。

 分かっていても、あふれてくる涙を止めることができなかった。



 もしかしたら、このドラゴンたちは殺されてしまうかもしれない。

 そう思うと、罪悪感で押し潰されてしまいそうだった。



 大人しくなったドラゴンが、こちらの様子を気にする素振りを見せる。

 その頭上から首を伸ばしてきた大きいドラゴンが、まるでなぐさめてくれるように頭をすり寄せてきた。



 その優しさを感じながら、胸は悔しさともどかしさでさらにきしむ。



 助けてあげたい。

 分かり合える余地があるなら、そこに希望を見出だしたい。



 なのに、どうして……



 ドラゴンたちに身を預けて、キリハはしばらく、声を殺して泣いた。


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