ドラゴンよりも、お前の方が―――



 なんで……なんで!?





 泣きたくなる気持ちを振り払うように、キリハは早足で廊下を駆けた。



 引っ掻き回しているのは自分。

 そんなの分かってる。

 自分が大人しく皆の意見を受け入れれば、ある意味一番穏やかにこの件には片がつく。



 でもそれは、二つの命を見捨てるということ。

 そんな悲しい結末、認められるわけがない。



 暴れられたら危険?

 自分たちでその原因を作っておいて、何を言っているのだ。



 仕方ないだろう?

 誰だって傷つけられれば、自分の命を守るために牙を剥く。

 それは、人間に限ったことではないはずだ。



 ドラゴンたちは自分を守るために必死なだけなのに、それを危険だと言われても意味が分からない。

 彼らを危険だと責めるなら、普段からドラゴンたちと戦っている自分たちはなんだというのだ。



 今回については、悪いのはあのドラゴンたちじゃない。

 自分たちの都合を押しつけようとする人間の方が、よっぽど悪者だ。





 ――――――ッ!!





 その時鼓膜をつんざいたのは、甲高い鳴き声。



「!?」



 キリハはその場で足を止めた。



 今の鳴き声は、まさに自分が向かっている先から聞こえてきたもの。



「―――っ」



 瞬く間に広がる嫌な予感。

 それはすぐに、足を突き動かす衝動となる。



「どうしたの!?」



 地下シェルターの入り口で耳を塞いでいる男性の姿を見つけ、キリハはたまらず彼らに詰め寄った。

 そこにいたのは、ドラゴン殲滅部隊のアイロスとネグレだ。



「キリハ君……」



 息を切らせるキリハの姿に、アイロスとネグレは明らかに困った表情をした。



「何かあったの?」



 再度キリハは訊ねる。

 すると逡巡しゅんじゅんする素振りを見せながらも、アイロスが重たげな口を開いた。



「分からない。さっきから、急にドラゴンが暴れ出したみたいで…。俺たちも、迂闊うかつに近寄れないんだよ。」



 アイロスが説明する間にも、ドアの向こうからは、激しい鳴き声と地面を踏む重たい音が響いてくる。



「………っ」



 息を飲んだキリハは、ドアを開こうと床を蹴った。

 しかしそれは、途端に慌て出したネグレに阻止されてしまう。



「ちょっ……離して!」

「だめだって! 今入ったら、危ないだろ!?」



「だって…っ」

「気持ちは分かるけど、今はこらえてくれ! お前が怪我でもしたら…っ」



「じゃあ、あの子たちはどうでもいいっていうの!?」

「しょうがねぇだろ!? おれはドラゴンよりも、お前の方が大事なんだから!!」



「………っ」



 ネグレの訴えに、言葉がつまった。



 ネグレはドラゴンがうとましくて、自分を遠ざけようとしているわけじゃない。

 ただ自分のことが心配で、こうして止めてくれているのだ。



 暴れるドラゴンに近づくなんて、確かに無謀な自殺行為。

 それが分からないほど馬鹿じゃない。



「でも…っ」



 キリハは顔を歪める。



 危ないことは、十も百も承知だ。

 でも、放っておけるわけがない。



 ドア一枚挟んだ向こう側で、ドラゴンたちが苦しんでいるかもしれないのに―――





「ネグレ君。」





 その時、アイロスが静かにネグレを呼んだ。



「行かせてあげて。」

「!!」



 アイロスの言葉に、キリハはすがるような目で彼を見つめる。



「何言ってるんですか、アイロスさん!!」



 目を見開くネグレは、キリハの前からどこうとしない。



「何かあってからじゃ遅いんですよ! おれは、またキリハに死ぬような思いをさせるのは嫌です!!」

「分かってるよ。俺だってそうだ。でも、今キリハ君が望んでるのは、守られることじゃない。」



「それは、そうかもしれませんけど…っ。でも、ジョーさんからの指示では……」



 ネグレの口からジョーの名を聞き、心臓がどきりと跳ねた。



 さすがはジョーだ。

 自分がこうして地下に来ることを誰よりも早く予測して、自分をドラゴンに近づけないように手を打っていたらしい。



『僕は、一刻も早くドラゴンを処分すべきだと思いますよ。』



 それだけ、あの言葉が本気だということだ。



「それも分かってる。」



 アイロスの声は、あくまでも穏やかだった。



「ジョー先輩の考えに文句はない。あの人の判断には余計な遠慮がない分、いつだって公平的で正しいよ。でもね……」



 キリハを見つめるアイロスの目に宿るのは、深いうれいだった。



「このままじゃ、キリハ君が傷つくだけだ。何も分からないままで遠ざけるのは、力でねじ伏せるのと変わらないよ。たとえ、どうしたって結論が変わらないとしても……キリハ君には、納得できるまで足掻く権利があると思うんだ。」



 アイロスはキリハの手を取ると、キリハの目をまっすぐに見つめた。



「キリハ君、約束して。絶対に無茶はしないこと。危険だと思ったら、すぐに引くんだよ。いいね? もしドラゴンが君に危害を加えようとしたら、その時は―――」



 アイロスの瞳に険しい光がよぎる。



「その時は、悪いけどドラゴンを斬るよ。」

「………っ」



 その瞳に込められたすごみに、キリハは一瞬、答えることを躊躇ためらってしまった。



『そんなに簡単に、自分を投げ出すな。』



 ディアラントの言葉が、痛いほどに突き刺さる。



 捨て身になるのは簡単だ。

 でも、それで危険な目に遭うのは、自分だけじゃないのだ。



 自分が周囲に構わず身を投げ出せば、そのせいでドラゴンたちが殺されるかもしれない。

 アイロスの態度と口調が、それを訴えてきていた。



「……分かった。」



 少しの沈黙の後、キリハはこくりと頷いた。



 リスクは高い。

 でも、せっかくアイロスが行かせてくれようとしているのだ。

 その想いは無駄にしたくない。



「そう。」



 アイロスは、そっと目を閉じて頷いた。


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