ユアンの叫び

 長年をかけて形成されたユアンへの恨みは、相当なものなのだろう。



 自身の感情が解放されたことを喜ぶかのように、レクトはユアン目掛けて剣を振り上げた。

 ユアンはそれを冷静に受け止め、つば迫り合いにもつれこむ間もなくぎ払う。



 触れては流れるように離れる二つの剣。

 そんな遊びのようなやり取りが数分続いた頃、両者の表情に変化が表れた。



「貴様……どんな手品を…っ」

「何? まさか僕が、キリハの能力を使えてるとでも思ってる?」



 唇を噛むレクトに、ユアンは単調な口調で訊ねる。



「―――馬鹿だな。」



 呟いたユアンの動きが、そこで大きく変わる。



 受け一方だった彼の剣が、突如として猛烈な攻撃をレクトに叩き込む。

 それを必死にさばくレクトだったが……



「ぐ…っ」



 ユアンが繰り出した鋭い一撃が、レクトの二の腕をかすった。

 体の動きが止まった隙をのがさず、ユアンはさらに太ももと肩口に切り傷をお見舞いする。



「おやおや…。さっきまでの威勢はどこに行ったんだい? 君に合わせて手抜きをするのも限界だよ?」



「くそ……何故…っ」



「何故、ね…。本当に君は、リュードしか見てこなかったんだねぇ。僕がこの子を作ったってこと、忘れてない?」



 炎をまとう剣を構えるユアンの目は、完全に猛者もさのそれだ。



「今でこそ、竜使いの始祖ってことばかり語り継がれてるけどね…。本来の僕は、そこそこ名を馳せた鍛冶師だったんだよ? 武器を生み出す者として、その武器を使いこなせないでどうするの?」



「この……戯言ざれごとを…っ」



「戯言? ……まあ、勝手にそう思っていればいいさ。口はともかく、剣は嘘をつかないからね。後ろのディアなら、この剣がキリハの借り物じゃないことくらい分かるだろう。」



 抑揚の欠けた声で言いながら、レクトに容赦ない猛攻を仕掛けるユアン。

 そんな彼を、見物人となるしかないディアラントは、薄ら寒い心地で見つめていた。



 ユアンの言うとおり、あれはキリハの流風剣じゃない。

 キリハが身につけた身体能力こそ借り物だが、剣技は確実にユアン自身のものだ。



 そしてそのレベルは、上級者どころか熟練者の域に達している。

 常勝無敗と言われている自分でさえ、彼に勝てるか分からない。



 鍛冶師として自分の作品を試すだけなら、あそこまでの技術はいらないはすだ。

 それなのに……



「どうして……」

「どうして? 愚問!」



 ディアラントがうめく理由を正確に察したユアンが、当然のように答えを述べる。



「望んでいなかったことだとしても、僕はリュードとの絆を手に入れたことで、集落のおさ、果てには国の幹部にまでまつり上げられたんだ。その地位に見合った強さが必要だったから、とことん極めるしかなかったんだよ。あの時代の人間は、強い奴にしか従わなかったからね!!」



 そう言ったユアンは、渾身の力を込めて剣を振り下ろす。

 それをレクトが真正面から受け止めたことで、二人の動きが膠着こうちゃくした。



「……にが…っ」



 ユアンの口から、普段より何倍も低い声が漏れる。





「何が、僕がお前からリュードを取り上げただよ!? 言いがかりも大概にしやがれ!!」





 彼から爆発したのは、人々を簡単に萎縮させるような怒り。



「言っとくけどな! 僕はお前が言うほど、リュードと一緒にいなかったからな!? 人を率いる立場に放り投げられた僕に、リュードと遊び呆けてる暇があるかよ!!」



 その怒りのほどを示すように、ユアンの剣が荒ぶる。



「だからこそ、僕もリュードも、二人で語らえる時間を大切にした! 一緒にいられる時間が少なくても、同じ世界を見る友であろうと……その約束を忘れないでいるために、ほむらを作った!! そして、ドラゴンたちに甘えっぱなしにならないように、壊れたドラゴンたちの処理に皆で協力した! それの何が悪かったんだ!? 言ってみろよ!!」



「く…っ」



「そもそも、僕とリュードが出会ったことが悪かったとでも言うか!? それならいっそのこと、二人だけの住処すみかでも作って、そこにリュードを閉じ込めておけばよかったんじゃないのか!? リュードを繋ぎ止めておきたかったくせに、どうして僕たちが出会う前に、リュードの心を捕まえておかなかった!?」



「な…っ!?」



 ユアンの問いかけに、レクトがわずかに怯む。

 それを見たユアンが、大きく目元を歪めた。



「結局のところ、お前はリュードに自分の理想を押しつけてただけなんだろ!? 神竜と忌竜いみりゅう……同胞から遠巻きにされる者どうし、その心が帰る場所はお互いにしかないって、そう決めつけてリュードに甘えてただけなんだよ!! リュードを馬鹿にするのもいい加減にしろ!!」



「違う!!」



 その時、ユアンの勢いに飲まれかけていたレクトが大声を張り上げた。



「お前が私からリュドルフリアを奪ったのは事実だろう!? お前と出会ってからのリュドルフリアは、いつだってお前と人間を優先したのだ!! 他の同胞たちと頻繁に接するようになったことだって、お前がそうそそのかしたからなのだろう!?」



「アホかぁ!!」



 隙だらけの振りで剣を叩き込みまくっていたレクトに、ユアンは一喝する。



「僕と出会う前から、リュードは皆に平等だったっつーの!! お前だけが特別だったわけじゃない!! 境遇が似ていたお前と話す機会が多かったってだけだ!!」



「違う!! リュードは私だけを見てくれていた!!」



「この朴念仁が! 誰かと話す時に、話している相手のことを見るのは当たり前だーっ!!」



 レクトの剣を大きく払いのけ、ユアンは彼と距離を取る。



「そこまで言うなら訊こうじゃないか! お前は何かにつけて、僕がお前からリュードを奪い、リュードがお前を裏切ったと言ってきたな!? お前は、リュードと何を約束したから、リュードに裏切られたとのたまう!?」



「―――っ」



「リュードがお前に、お前以外は友として認めないとでも言ったのか!? もしくはお前が、永遠に自分しか見るなと言って、リュードがそれを了承でもしたのか!?」



「それは…っ」



「言葉はなくとも、自然と通じ合っているとでも思ってたのか? それを押しつけというんだって、言葉を変えながら何度伝えてきたと思ってる!?」



 ユアンの怒りが頂点に到達する。



「お前は一度でも、リュードに友であろうと言ったか!? リュードの話に本気で耳を傾けたか!? リュードの心を、そのまま見つめてあげたことがあったのかよ!?」



「………っ」



 矢継ぎ早に突きつけられる問いかけ。

 それに、レクトは何一つとして答えられない。



「―――はっ。やっぱり、そうなのかよ。」



 レクトの態度から何を悟ったか。

 ユアンの瞳が極寒の冷たさで満たされる。



「おおらかすぎるリュードは、絶対にこんなことを言わないだろうから、僕が言ってやる。」



 まっすぐにレクトを見据えたユアンは、こう告げる。





「お前が必要としているのは、リュードじゃない。」




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