中身で繋がっている縁
「ん? フールじゃねぇか。いつ戻ってきたんだ?」
声がした方向を仰いだミゲルは、宙に浮かぶぬいぐるみに目を丸くした。
「さっき戻ったばかりだよ。一晩中かけて、顔なじみのドラゴンたちを総当たりしてきたんだけど……誰も、レクトなんか見てないって話でさ。」
彼の口調に、苦々しい雰囲気が滲む。
自分の正体を偽る必要がなくなったからだろう。
声を少年から青年のものにしたフールは、全身から悔しそうな感情を放ちまくっているように見えた。
「とりあえず乗るか? おれも忙しいんでね。話があるなら、移動しながら聞くぜ?」
「助かる。ディアは……今は、ターニャに寄り添わせてあげたくてさ。」
車の中を示すと、フールは素直にドアをくぐる。
ぬいぐるみにシートベルトも何もないので、それ以降のことは特に気にせずに車を発進させた。
「んで? おれに、どんな厄介ごとを吹っかけようってんだ?」
取り繕う必要もないだろうと思ったので、単刀直入にフールへと訊ねる。
すると、フールは小さな笑い声を零して肩をすくめた。
「何さ、その言い方。別に、命を懸けろなんて言うつもりはないよ。誰に頼んでもいいことではあるんだけど……吟味した結果、君が適任だと思ったんだ。」
「おれが適任……」
考えるまでもなく、その理由は察せられた。
「ということは、キー坊だけじゃなくて……―――アルシードも絡んでくるってことだな?」
ずばり核心に踏み込むと、ルームミラーに映るフールがひどく驚いた様子で顔を跳ね上げるのが見えた。
「ミゲル……聞いたの?」
「
笑みを交えてそう言ったミゲルは、次に
「たまたま、親父が覚えてたんだよ。十五年前に二つの新薬を開発して世間を賑わせた数ヶ月後、テロ組織に襲われた末に亡くなった……悲しい天才がいたってな。」
『あいつは死んだ。僕が殺した。完全に封じ込めて、ミゲルと会った時にはもう……忘れることができてたんだ。』
『ほっといて。何も訊かないで。どうせ、今だけだよ。少し落ち着けば……きっと、また殺せる。そうすれば、元通りになるさ。』
今にも事切れそうな顔をして、傷を抱えたまま逃げていった親友。
あんな姿を見せられて、のんびりと彼が折れるのを待っていられるわけがないじゃないか。
とはいえ、相手はあの情報の覇者。
当然ながら、ネットや新聞を漁ったところで、目ぼしい情報はヒットしなかった。
ならばだめで元々だと、年の功に頼ってみたわけだ。
その結果聞かされるのが、あんな凄惨な事件だとは思いもしなかったが。
製薬に関わりのあるレインという名字。
たったそれだけで微かな記憶を掘り起こした父は、すぐに知り合いや取引先にあたって、その筋の情報を集めてくれた。
さすがのジョーも、人の記憶にまでは手が届かないもの。
経験が長い科学者を捕まえられれば、父以上に鮮明な記憶と共に、その過去はあっさりと明らかになった。
『ジョー君がこの事件の関係者だなんて、そんなまさか…。レインなんて名字は珍しくもないし、たまたまなんじゃ…?』
怒り狂う自分にそう言った父の考えも、分からなくはない。
明らかになったのは、十五年前に製薬業界でとんでもない功績を収めた、アルシード・レインという幼い天才がいたという事実だけ。
それとジョーを結びつけるものは、何一つない。
だが、自分には明らかすぎた。
自分が殺した亡霊の力だという、隠された製薬技術。
十五年前という符号の一致。
そして、アルシードには兄がいて、一部では天才兄弟と囁かれていた気がするという証言。
ここまでのカードが出揃っていて、ジョーとアルシードが無関係だとでも?
それこそありえない。
この事実を突きつければ、あの頑固者も潔く認めるだろう。
洗いざらい吐かせた上で説教をしてやらなきゃいけないんだから、早く目覚めてくれ。
そう思っていたのだが……
『戻ってきなさい! アルシード君!!』
容態が急変したジョーを救おうとして、治療に必死だったエリクの一言。
あれが、自分の認識を派手にぶち壊してくれた。
嘘だろ?
アルシードはこいつの弟じゃなくて、まさかのこいつ自身だっていうのか?
じゃあ、ジョーってのは一体誰なんだよ?
現実を疑う間もなく、ケンゼルもオークスも彼をアルシードと呼ぶ。
そして彼の両親も、それが当然であるかのように振る舞っていた。
『アルシード……ルカが……ルカが…っ』
極めつけにキリハまで彼をそう呼んだのだから、疑う方が馬鹿らしい。
十五年前に死んだはずの天才科学者、アルシード・レイン。
それが、十四年も共にいた親友の本当の姿なのだ。
それから、するすると察せられたものだ。
何度も彼の家に出入りしていたから分かる。
彼に兄弟はいない。
おそらく、十五年前に本当に死んだのは彼の兄だ。
それならば、今までの出来事に筋が通る。
『どうして……よりにもよって―――二度目だなんて……』
オークスがああ言って、心の底から彼を心配していたことも。
『頼むから踏ん張って! お兄さんを救うのに死に物狂いになった結果、本当に死んじゃってどうするの!? 何も報われない弟のまま死んでいくなんて、絶対に許さない!! 恩返しくらいさせなさい!!』
彼とほぼ無縁だったはずのエリクが、何度も兄だ弟だと叫んで、彼の救命に必死だったことも。
彼の命を脅かすほどのトラウマは、死に行きそうなエリクが兄に重なったことで爆発してしまったのか……
「まったくよ…。とんでもねぇ爆弾を抱えてたもんだぜ。……ま、ある意味あいつらしいけどよ。昔から、あいつに〝普通〟って概念なんざ通じたことねぇし。」
ここまで来ると、もう笑うしかない。
「とはいえ、さすがに不公平すぎるよなぁ。おれの人生にはずけずけと踏み込んでおいて、自分は名前すら偽物って…。覚えとけよ、あのひねくれた親友め。事件に片がついたら、二度と一人で抱え込まないように、色々と叩き込んでやる。」
決意が口だけではなく体にも出てしまい、ミゲルはハンドルを力強く握る。
すると、フールが小さく噴き出す声が車内に響いた。
「出会ってからずっと騙されてたのに、親友なのは変わらないんだ?」
「当たり前だ。あいつとの縁は、名前じゃなくて中身で繋がったもんだからな。少なくとも、おれはそう思ってる。」
「……あの子も、そう思ってるはずだよ。」
ふいに、フールは穏やかにそう告げる。
「兄の仮面を被って、闇の中を一人で生きていく……そう決めたあの子が、初めて友達だと認めたのが君だもの。きっと、誰にも勝る特別な親友だよ。」
「……知ってる。」
フールの言葉を、ミゲルは頷いて肯定。
「そうじゃなきゃ、おれを追っかけて軍事大学に進学した挙げ句、ドラゴン部隊にまでついてこないだろ。」
「確かにね。あの子が軍事大学に進んだ時は、ランドルフすらも目をまんまるにしたもん。誰が軍に入ってきたあの子を監督するんだって、ケンゼルたちと毎日取り合いでさ。おかげで、大学に入学する前から総督部に目をつけられてたよ。」
「あー…。あいつが言ってた〝無駄に敵を増やしてくれたうるさいじじいども〟って、あの人たちのことだったのか。」
「だってあの子を好きに遊ばせてたら、宮殿中吊るし上げ祭りだもん。政治が傾いちゃうよ。」
「そら違いねぇ。」
「ふふふ……」
「ははっ」
最後は二人で、声をあげて笑う。
「やっぱり、君が適任だね。ミゲル、君に一つ頼みたいことがあるんだ。」
声のトーンを落としたフールから語られる話。
それを聞いたミゲルは……
「やるに決まってんだろ。」
目つきを険しくして、ぎりりと奥歯を噛み締めた。
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