白い部屋で

 目を開くと、真っ白な天井と点滴パックに繋がるチューブが見えた。



「あ、れ…?」



 状況を飲み込めずにいる脳裏に、久しぶりによく寝ただなんて思っているもう一人の自分がいる。



「おや、ようやくお目覚めですか?」



 近くから聞こえてくる、穏やかな声。

 そちらに目を向けると、ちょうど自分の脈を測っていた男性と目が合った。



「あれ……ジャミル先生じゃないですか。」



 彼のことは知っている。



 眼科を専攻する医学会の権威。

 目覚め一発で会うようなレベルの人じゃない。



「おや、私のことをご存じで?」

「知らない医者はいないんじゃないでしょうか? いつも、論文は拝読しております。」

「ははは。ただの年の功ですよ。」



 朗らかに笑ったジャミルは、エリクの腕から脈拍計を取り上げる。



「意識ははっきりしているようですね。エリク先生、三日も目覚めなかったんですよ?」

「……ええっ!? 三日も!?」



 まさかの報告に、無意識のうちに飛び起きる。



「おおっと……」



 その瞬間、意識がくらむような眩暈めまいが。



「ああ、無理なさってはいけませんよ。」



 とっさにエリクを支えたジャミルは、ふうと息をついた。



「あなたがたまたま私の控え室の近くで倒れたもので、勝手ながら私の病院に搬送させていただいたんです。他の医者は……あなたを受け入れたがらないかと思って。」



「……でしょうね。」



 ジャミルの口調に含まれた複雑さを感じ取り、エリクは苦笑を呈する。



「ありがとうございました。おかげで、のたれ死にせずに済みましたよ。」

「こら。」



 冗談めかして暗い話を断ち切ろうとしたら、途端にジャミルに頭を小突かれてしまった。



「物騒なことを言うもんじゃありません。こっちは本気で心配したんですよ。ご家族がそんなセリフを聞いたら、悲しんでしまうでしょうが。」



「………」



 ジャミルの言葉に、エリクは大きく目を見開く。



 これはこれは。

 こんな風に小言っぽい説教をされる側に回るなんて、いつぶりのことか。



 驚くと同時に、なんだか胸の奥がこそばゆくなった。



「すみません。自分のことは冗談にしてしまうのが色々と手っ取り早いもので、癖でつい……」

「そんな癖は、今すぐにおやめなさい。」



 ジャミルはやれやれと溜め息。



「あなたは、ご自分が思っている以上に高い評価を受けている方ですよ? こう言っては現金かもしれませんが、あなたのような優秀な医者が若くして消えてしまったら、この業界には大打撃です。」



「いやいや、そこまででは……」



「あなたを受け入れてから、毎日のようにワンズ先生とラスター先生から状況報告の催促が来ると聞いてもですか?」



「うっ…。院長……ラスター……」



 あの二人ならやりかねない。

 そう思った。



「無意識のうちに卑屈にならないよう、気をつけなさい。見ている人は見ているんですから。」



 ぽんぽん、と。

 ジャミルが優しく頭を叩いてくる。



「……なんか、この歳でこれは、なんともいえない気分になりますね。」

「病人特権だと思っておきなさい。」



 鷹揚おうように微笑んだジャミルは、キャビネットの上からバインダーを取り上げた。



「ひとまず、状況をお伝えしますね。精密検査の結果、これといった異常は見つかりませんでした。今日までのバイタルも正常です。貧血といった症状もないですし……おそらく、過労なのではないでしょうか?」



「過労、ですか……」



 まあ、これといった自覚症状もなかったし、そんなところだろうな。

 冷静に自分の状態を分析した結果、そんな感想に落ち着く。



「これぞまさに、医者の不養生ってやつですね。」

「そういう業界ですから。気をつけていたって、倒れる時には倒れるんですよ。」



 それまで穏やかだったジャミルの表情が、ここで曇る。



「それに……竜使いとあっては、他にも大変なことがあるでしょう?」

「!!」



 その一言で、病室の空気が変わった。


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