家出…?

「ねえねえ。名前、なんていうの?」



 できるだけ神経を刺激しすぎないよう、静かに穏やかに問いかける。



「………」



 少年は答えるのを渋るかのように視線を逸らした。

 それでも根気よく答えを待ち続けていると……



「…………シアノ・ルクレイア。」



 声変わりを迎えていない高めの声が、三人の耳朶じだを打った。



 とりあえず、名前を聞けただけでも一歩前進だ。

 少しは気を許してもらえたということだろう。



 キリハは続ける。



「シアノ。家はどこにあるの? 送っていくから、どの辺に家があるか教えてくれる?」



 あとは家の場所さえ聞き出せれば、この件はこれで終わり。



 そう思ったのだが……



「ここにはない。ずっと向こう。」



 シアノはそんなことを言った。



「え…」



 問いかけたキリハも、後ろで話を聞いていたエリクやルカも戸惑うしかなかった。



「ずっと向こうって、フィロアじゃないってこと? 自分が住んでた町の名前とか分かる? お父さんやお母さんの名前は?」



 矢継ぎ早に問いながら、頭の中は嫌な予感でいっぱいになる。

 シアノは静かに首を横へ振った。



「父さんの名前はレクト。他は知らない。ぼく、母さんいないもん。」

「………」



 なんということだ。



「ちょ……ちょっと待ってね。」



 軽い眩暈めまいがして、キリハはシアノから離れた。

 すると自然にエリクとルカが集まってきて、三人は声をひそめて額を突き合わせることになる。



「ど、どうしよう……」

「落ち着こう、キリハ君。お父さんの名前は言えたから、絶対に家はどこかにあるはずだよ。」



 あたふたとするキリハをなだめるように、エリクがその肩に両手を置いた。



「つーか……オレ、思うんだけどよ。あのチビ、迷子とかじゃなくて家出なんじゃねぇか?」

「ええ、家出!?」

「だって、おかしいだろうが。」



 そう言ったルカは、ちらりとシアノを一瞥いちべつする。



「家に帰りたいなら、自分で交番に行ける歳だろ。お前から散々逃げまくったのも、自分の名前とか住んでる場所を言いたがらなかったのも、家に帰りたくないからなんじゃねぇのか?」



「確かに、その線はあるね。家の場所が分からないって言ったのも、キリハ君が家に送っていくって言ったから、とっさに嘘をついたのかも。」



「えええ…? どうすればいいの…?」



 早くも自分には対処不能だ。

 狼狽ろうばいする自分に対し、エリクとルカの兄弟は至って冷静なまま。



 普段は全然似ていない二人に、初めて血の繋がりを感じた瞬間だった。



「警察に連れてっても、隙を見て逃げ出されるのがオチだな。」

「そうだね。ちょうどよく建物の中にいるなら、この状況を維持するのが無難か。」



「兄さん、それでいける?」

「いけて三日、かな。それ以上は仕事を休めないと思う。面倒見ながらできる限り話を聞き出せればいいけど、そこはあんまり期待しないで。」



「大丈夫だ。そこは別に当てがある。」



 エリクとルカは二人で頷き合い、次にそれぞれの行動に移った。



「シアノ君。君、しばらうちにいなさい。」

「おい、お前はこっちに来い。」



 エリクがシアノに語りかけるのを横目に、ルカはキリハの腕を掴んでベランダに出る。



「とりあえず、しばらくは兄さんがあのチビを見張ってくれるから、オレたちはあのチビのことを調べるぞ。兄さんは都合をつけられても三日だって話だから、三日以内に父親を捜して連絡する。」



「でも、どうやって…?」



 ルカが言いたいことは分かるのだが、自分とルカでどうやってシアノの父親を捜せばいいのだろう。



「オレらだけじゃ、無理に決まってんだろ。さっき、当てがあるって言ったじゃねぇか。お前の仕事は、そいつに協力を頼むこと。オレはあいつのことが嫌いだから、交渉はお前に任せる。」



「頼むって、誰に?」



 キリハはきょとんと首を傾げる。



「お前なぁ…。少しは、知り合いの特技を利用するつもりで物事を考えろ。せっかくの伝手つてを、無駄にすることになるぞ。」



 ルカは盛大な溜め息をつき、自分のこめかみ辺りをとんとんとつついた。





「いるだろ。パソコン並みの情報を持ってる奴が、割とすぐ傍に。」




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