止めたいなら―――

「なあ……オレも最初に言ったよな? お前は甘すぎるって。」



 そう言い放ったルカが、眉をきつく寄せる。



「人間にはな、誰にでも限度ってものがあるんだよ。」



 そのまなじりに浮かぶものが、上から差し込む光をきらりと反射した。



「お前の心の広さには感服するよ。オレには無理だ。兄さんを殺されかけた時点でもう……オレは、限界を越えちまったんだよ。」



「ルカ……」



「一体、いつまで耐えればいい? 何をどれだけ見のがしてやればいい? オレにはお前ほどの特別な力も、人を簡単に変えられるだけの影響力もないんだ…っ」



「………」



 ルカの心の内を聞くキリハは、悲しげに眉を下げるしかなかった。



 ルカだって、これまでの二年で自分を大きく変えてくれた。



 知恵を絞ることが得意ではない自分に代わって、様々な角度から物事を見て、向こう見ずな自分の行動を正当化してくれた。



 お前はお前らしく進め、と。

 いつだって彼は、不器用な優しさを通してそう言ってくれていた。



 これは、ルカじゃないとできなかったこと。



 今回の事件だって、ルカが先を見越して行動を起こしてくれていなかったら、今頃どんな結末を迎えていたことか。



 ルカはルカのやり方で、大きな功績を残している。



 しかしそれを伝えるには、彼を覆う闇が分厚すぎる。

 今自分がそれを伝えたとしても、ルカには皮肉を言われたようにしか思えないだろう。



 すみれ色と赤色の双眸に宿る、こちらへの強い劣等感。

 出会った当初を彷彿とさせるそれが、自分にそう示しているように思えた。



 ならば、ここで自分が取るべき態度は……



「だから……レクトと一緒に、人間を潰すの?」



 ルカのことを否定せずに、ただ彼の感情に寄り添うことだけだ。



 真っ黒な自分の気持ちをそのまま聞いてくれた、アルシードのように……



「ああ、そうだよ! それのどこが悪い!?」



 感情を爆発させたルカが、渾身の力で叫んだ。



「これが、オレにとって最初で最後のチャンスかもしれねぇんだぞ!? ここであのくそ野郎を見のがして、またさげすまれる毎日に戻るくらいなら……もう一度ドラゴン大戦を起こしてでも、オレの怒りをあいつらにぶつけて、これまでの行いを後悔させてやりたいんだよ!!」



 切羽詰まったルカの声。



 自分には、もう後がないんだ。

 そんな思いが、ひしひしと伝わってくるようだった。



「そっか……そうだよね。それも、一つの選択だね。俺だって、一度はその選択をしかけたんだもん。気持ちは分かるよ。」



 ルカが抱いている怒りも、それをぶつけたくなる衝動も、痛いほどに分かる。

 今だって、その気持ちが完全に消えたわけじゃない。



 一度目を閉じて、じっくりとルカの気持ちを感じ取る。

 その上で、ルカとまっすぐ向き合った。



「だけどね、やっぱり俺は、ルカにそんなことをさせたくない。俺だけじゃなくて……カレンやエリクさんも、そう願ってる。」



「―――っ!!」



 ルカが誰よりも大切に思っている二人の名前。



 それを聞いたルカが、大きく目を見開いて硬直した。

 動揺から生まれたその隙をのがさないように、キリハは続けた。



「嘘じゃないよ。俺は、ここに来られなかった二人の想いも背負って、ここに立ってるんだから。」

「………」



 再び黙り込んだルカ。



 彼は今、何を思っているだろうか。

 もしでたらめだと言われたとしても、自分には根気強く語るしかない。



「………そうか。」



 長い沈黙。

 それを経て、ルカは小さく笑った。



「いかにも、くそ善人の二人が言いそうなことだな。だけど……オレはもう、この気持ちを止められない。」



 彼の瞳の奥に渦巻く、どす黒い闇。

 予想はしていたが、それはちょっとやそっとじゃ彼を離してくれないようだ。



 これは、この後どう説得したものか。

 そう悩んでいると、ふいにルカの手が動きを見せた。



「お前、さっき言ったよな? ロイリアに人を傷つけさせるくらいなら、ロイリアを殺してでもロイリアの心を守るって。」



「………っ!!」



 そう言われたキリハは、怯えた表情で一歩退く。



 一瞬で分かってしまった。

 ルカの言動の意味が。



 それを肯定するかのように、ルカが腰に下がる剣を抜き払う。





「本気でオレを止めたいと……カレンや兄さんの願いを叶えたいと思うなら―――オレを殺してでも止めてみろ。」





 影を帯びた笑みを浮かべるルカ。

 まっすぐに突きつけられた冷たいやいばに、躊躇ためらいは一切なかった。


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