シアノの父親

 シアノを追いかけ始めて、数時間。

 病院を出た時には空にあった太陽は、とっくのとうに沈んだ。



 街をどんどん通り抜けた結果、人はまばらに。

 歩く道も綺麗に舗装されていた道路から、砂利道へと変わっている。



 しかし、シアノは歩みを止める素振りも見せず、街灯が少ない小路こみちを、さらに闇の方へと進んでいく。



(どこまで行くの…?)



 ここに至るまで、どのくらい歩いたのか分からない。

 自分ですら足が痛くなってきたというのに、シアノの歩調はしっかりしたものだった。



 ものすごい体力と脚力だ。

 普段からこの距離を行き来していたんだとしたら、あのすばしっこさにも納得がいく。



「………」



 シアノの後を追いながら、キリハはふとポケットに手を入れる。



 電源を切ったせいで、一切鳴らない携帯電話。



 正確な時間は分からないが、日が沈んでからかなり経つ。

 きっと今頃、皆が心配しているだろう。



(みんな、ごめん。でも、今は―――……)



 心の中だけで宮殿の人々に謝り、キリハはまた前を向いた。



 さらに時間をかけて道を歩くと、周囲の景色が完全に木々で閉ざされた。

 そして、地面はそこそこ険しいのぼり坂へと変わる。



 どうやら、山を登っているようだ。

 ここまで来ると、道なんてあってないようなもの。

 人の姿も全く見えなくなった。



 これは、非常に高難度の尾行ミッションだ。

 シアノを見失わないように距離を調整しつつ、シアノが物音を立てたタイミングで自分も大きく移動する。



 極限まで息を殺し、ありとあらゆるものに注意を向ける。

 ある意味、人生で一番緊張している時間だったかもしれない。



 山の奥深くへと分け入ること、しばらく。



 シアノは山の中腹辺りで、上に登るルートから、斜面に沿って横に移動するようなルートに進行方向を変えた。



 それからほどなくして、山の中にぽっかりと開けた平地に出る。



 まだシアノに見つかりたくはないので、木々の隙間からシアノの行き先をうかがう。



 暗くて分かりにくいが、この先に洞窟があるようだ。

 シアノは、迷いなく洞窟の中へと入っていく。



 その姿が完全に闇に溶けたところで、キリハも森を抜けて洞窟に飛び込んだ。

 そこからは月明かりすらも失うことになったので、微かな足音を頼りに進む。



「ただいま、父さん。」



 ふと聞こえてきたのは、かなり久しぶりに聞くシアノの声。

 それから十数秒くらい経って、前方の曲がり角の奥でほのかな明かりが灯る。



(こんな場所に、お父さんが…?)



 脳裏によぎるのは違和感。



 確かにこんな山奥の洞窟で暮らしていれば、都会とは無縁の生活になるだろう。

 だが、何が理由でこんな場所を住処すみかとしたのか。



 ここまで来たのだ。

 得られる情報は全て得てからじゃないと帰れない。



 キリハはつばを飲み込み、岩肌に手を添えて、ゆっくりと曲がり角の向こうを覗き込む。



「―――うそ……」



 それ以上、言える言葉がなかった。



 柔らかい明かりに照らされ、幸せそうに笑うシアノ。





 そんなシアノに身をすり寄せているのは―――大きくて真っ黒なドラゴンだった。




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