ノア・セントオール
「ほほう…。ルーノよりも大きいドラゴンなんて初めて見た。お前、すごいな! こんなドラゴンを従えているなんて、私の国だったら即昇格だぞ!!」
ドラゴンと共に砂浜へ降り立った彼女は、レティシアを見上げるなり興奮した様子でキリハの背中を叩いた。
「えっと……その……」
一方のキリハはというと、突然の出来事についていけず、目を右往左往させている。
訊きたいことは山のようにあるのだが、混乱した頭では何からどう訊ねればいいのかが分からない。
「キリハ。この人、怖い人?」
まずい。
疑問はさておき、まずはロイリアをなだめなければ。
直感的にそう考えたキリハは、威嚇体勢を取るロイリアの頭を優しくなでてやった。
「大丈夫。怖くないよ……多分。」
「おお、そうか。」
キリハがロイリアをなだめていると、その様子を興味深そうに眺めていた彼女が、何かに思い至ったように手を叩いた。
「確かに、今の我々は不審者にしか見えないな。これは失礼した。」
居住まいを正し、彼女は胸を張る。
「私はノア・セントオールという。こっちはパートナーのルーノ。今回は用事があって、ルルアからセレニアに訪ねてきたところなのだ。」
「………」
キリハは思わず、彼女の姿に見入ってしまった。
こうして胸を張って立つ彼女には、こちらの意識を簡単に引き込むだけの気高さがあった。
後ろで高く結われたクリーム色の髪も、まっすぐにこちらを見る黒い瞳も、女性にしては随分男らしく見える服装も、その全てが彼女の頼もしさを際立てている。
なんだか無意識に従ってしまいそうな、そんな魅力が彼女にはあった。
こんな引力などディアラントくらいしか持っていないと思っていたのだが、やはり世界は広い。
国というくくりを外せば、こんな風に化け物じみた魅力を持つ人はたくさんいるのかもしれない。
「ルルア……」
彼女の言葉の中で一際脳裏に残ったキーワードを繰り返し、キリハは目を丸くする。
ルルアといえば、ドラゴン研究に力を入れている国の一つ。
ここから遠く北の地にあり、調べたところによると、国民全員が
「すごい…。ルルアって、ドラゴンと一緒に旅行もできちゃうんだ……」
セレニアとは大きな違いだ。
キリハがささやかな感動を噛み締めていると、それを見ていたノアが小さく噴き出した。
「お前、面白い反応をする奴だな。だが、さすがにドラゴンを連れて国をまたぐのは、私くらいだ。」
「そうなの?」
「うむ。」
訊ねると、ノアはこくりと頷く。
「ドラゴン使いは国家資格でな。安全のため、資格を持たない者はドラゴンを飼育できないのだ。」
「そっかぁ…。でも、それだけドラゴンが社会で認められてるってことだよね。」
安全のためとはいえ国家資格まであるということは、それだけドラゴンに対する理解があるということだ。
そして、ノアにつき従っているルーノの様子を見る限り、これはドラゴン側も了承している関係なのだろう。
「すごいなぁ……」
素直な感想を述べる。
すると、何が面白いのか、ノアがますます体を震わせて笑った。
「はははっ! なぁんだ!! セレニアにも、ドラゴンに寛容的な奴がいるじゃないか。そんな奴はあいつくらいしかいないと思っていたが、これは認識を改めねばなるまいな!」
「あ…」
ノアの言葉に、キリハは思わず眉を下げてしまう。
「どうしたのだ?」
こちらの表情に気付いたノアに訊ねられ、キリハは返答に窮した。
せっかくセレニアに対するイメージが向上したところに水を差すようで、なんだか申し訳ない。
しかし、思えば彼女はドラゴンを連れているのだ。
このままルーノを連れてセレニアを巡れば、いずれ分かってしまうだろう。
一度言葉を飲み込みかけたキリハだったが、あえて事実を伝えることにする。
「俺だけだよ。セレニアで、こんな風にドラゴンと一緒にいるのは。」
「何?」
ノアが片眉を上げる。
「俺の他にもドラゴンを認めてくれる人はいるんだけど、やっぱり……セレニアの人のほとんどは、ドラゴンのことが好きじゃないみたい。」
言っているうちに物悲しくなってきて、キリハは細い息を吐いて肩を落とした。
「ふむ…。―――では何故、お前はドラゴンと共にいることを選んだのだ?」
「え?」
唐突にそんなことを問われ、キリハは下げていた視線をノアへと向けた。
ノアは真剣な眼差しでこちらを見つめている。
「ドラゴンと共にいるということは、この国では異端者だということだろう? 人々から、爪弾きにあうこともあろう。損をすることはあっても、得をすることはないはずだ。それなのにお前が、ドラゴンと生きることを選んだ理由はどこにあるのだ?」
じっと、こちらを見据える漆黒の双眸。
何かを推し量るような、そんな瞳だった。
決して、嫌味や悪意で訊いているわけではないようだ。
「理由なんて、そんな大袈裟なものじゃないよ。」
キリハは、ノアの目を真正面から見つめ返して口を開く。
「俺は、レティシアとロイリアが好きだもん。好きだから一緒にいたいだけ。周りの目を気にして、好きなのを我慢するのは違うでしょ?」
間違っていることを言っているつもりはない。
散々悩んで、色んな人とたくさんぶつかって、そしてたくさんの人に背中を押してもらった。
だから自分の気持ちをはっきりと言えるし、そのためにやれることをやりたい。
ただそれだけだ。
「そうか。」
ノアは一つ頷いて目を閉じ―――
「いい目をしている。」
そう言って、満面の笑みを浮かべた。
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