狂った世界

 ジョーが運転する車で、ルカ、ディアラント、フールは事件の部隊へと急行する。



 場所を特定した時点で、そこに至る最速ルートを頭に叩き込んでいたのだろう。



 ジョーが選ぶ道には迷いがなく、地下高速道路を使ったこともあり、予測時間よりも三十分以上早く現場に到着した。



 移動中に連絡が来て、拉致監禁の容疑がかかったジャミルの関係者と、彼に加担したと思われる国防軍の人間の拘束が完了したとのこと。



 廃工場の周囲から山のふもとに至るまで、警察が包囲して待機しているらしい。



 やはり、廃工場というのは嘘だったようだ。



 外観こそ放置されて寂れたように見えたが、中は非常に綺麗なもの。

 定期的に人が出入りし、丁寧に手入れされていることは明らかだった。





「ミゲル!!」





 一室を開いてその姿を見つけたジョーは、慌ててそこに駆けつけ、ミゲルの口を塞いでいたガムテープを剥がした。



「馬鹿野郎、遅すぎんぞ!! キー坊が……キー坊が!!」

「分かってるよ!!」

「すみません! 誰か、手錠を切れる何かを!!」



 ミゲルの状況を瞬時に理解したディアラントが、共に突入してきた警察官たちに声をかける。



「おれのことはいいから、早くキー坊のところに! 多分地下だ!!」



「地下…?」



「ああ。あのくそ野郎、業者の奴らを全員地下に行かせてた。多分、活動拠点は地下にしてるんだろう。早く行け!!」



「う、うん……」



 ミゲルを警察に託し、ジョーはディアラントと共にそこを離れる。



「おい、こっちだ!!」



 一足先に階段を探していたルカが、ディアラントたちに向かって大声を張り上げる。

 彼らがこちらに注目したことを確認したルカは、開いたドアの中を指差し、先に一人で中へと消えていく。



 ルカを追って、ドアの奥に伸びる階段を駆け下りる二人。



 階段が終わった先に見えたのは、大きく開かれた両開きの扉と、その中で立ち尽くすルカの後ろ姿だった。

 


「うっ……」

「これは…っ」



 そこに飛び込んだディアラントとジョーは、ルカと同じく二の足を踏まざるを得なくなる。



「頭おかしいだろ……」

「完全にとち狂ってるね……」



 悪趣味なオブジェで満たされた悲惨たる光景に、ディアラントもジョーも不快感から袖で口元を覆う。



「………あそこか…っ」



 震えるほどに両手を握り締めたルカは、棚と棚の隙間に隠れるようにしてあったドアに駆け寄った。



「キリハ!!」



 どうか、キリハだけでも間に合ってくれ。

 切実に願って、ドアを開く。



「ん…?」



 ゆっくりと振り向いて、こちらを見るジャミル。

 その手に握られたメスが浅く潜っていた皮膚を離れて、傷口から一筋の血が流れる。



 彼が向かっている処置台には、目元を痛々しく腫らしたキリハが横たわっていた。





 その手に、赤い眼球が浮かぶ二つの瓶を抱いて……





「おや……おかしいですね。ここまで来られるような証拠なんて、残した記憶はなかったのですが……」



 特にしらばっくれることもなく、ジャミルは落ち着いた様子で首を傾げた。



 まあ、今まさにキリハの目元を切り裂こうとしていたくせに、しらばっくれられても白々しいだけだが。



「お前が……」



 ポツリと呟いたルカの目頭に、光るものが浮かぶ。



「お前が、兄さんを…っ!!」



 その目に宿るのは、激しい怒り。

 それを見たジャミルは、ぽんと手を打つ。



「ああ、エリク君のことか。なんだ……もしかして、もう死んでしまったのですか?」

「………っ!!」



 常軌を逸した、とんでもない問いかけ。

 あまりのショックに、ルカは何も言えなくなってしまった。



「彼は本当に便利でしたよ。きちんとしつけて管理するには、少しばかり我が強すぎましたけどね。それでも、あの目は非常に素晴らしかった。だからギリギリまでは血の通った目にしておこうと、じっくりと体をむしばんで、ゆっくりと死んでいく毒を選んだはずだったのですが……もしかして、エリク君が別の毒でも飲んだんですかねぇ…?」



「てめえっ!!」

「ルカ! やめろ!!」



 殺気立ってジャミルに掴みかかろうとしたルカを、そこで飛び込んできたミゲルが後ろから羽交い締めにする。



「離せ! こいつだけは……こいつだけは許さねぇっ!!」

「だめだ、こらえろ! お前がそんなことをすることを、エリクは望まない!」



「だからなんだよ!? もしこのまま兄さんが死んだら、オレは…っ」

「エリクを信じろ! お前のためにも、あいつは死ぬ気で踏ん張ってくれるから!!」



 揉み合いながら、押し問答を繰り返す二人。

 そんな二人を興味なさそうに眺めていたジャミルは、くるりと彼らに背を向けた。



「―――っ!? やめろ!!」



 ジャミルの手が再びキリハに伸びたことに気付き、ディアラントが顔を真っ青にして叫ぶ。





 その瞬間―――ディアラントの脇を何かが高速で通り過ぎていって、ジャミルの足元から大きな粉塵が舞い上がった。




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