キリハ、爆発する。

 にっこりと笑ったキリハは、ズボンのポケットをまさぐる。

 そして、そこから取り出した小さな白い包みをディアラントへと差し出した。



「はい。これ、プレゼント。」

「……ん!?」



 なんの脈絡もない展開に、ディアラントは目を点にした。

 とりあえず反射的に動いた手が、キリハから包みを受け取る。



「な、何コレ…?」

「んー? よく分かんないけど、薬じゃないの? ちなみに、あと二個あるよー?」



 キリハは引くほどに明るい笑顔をたたえている。



「なんかねー、運がよければ死なないんじゃないかって言われたよ?」

「!?」



「で、あんまりにもムカついたから、もう俺が飲んじゃおうってぇ~……」

「―――っ!?」



 途端に、ディアラントを始めとした全員の表情が凍りつく。

 しかし。



「……思ったんだけど、ギリギリのギリギリのギリッギリで踏みとどまった。」



 次のキリハの言葉で、今後は全員が間抜けなほどに肩を落として安堵の息をつく。



「もう、さ……ふふ……」



 キリハが再びうつむき、その肩が徐々に大きく震え出す。

 そして。





「もうやだあぁーっ!!」





 悲痛な大音量が、全員の鼓膜を突き破って脳にとどろいた。



「もう無理! さすがに限界! ディア兄ちゃんの馬鹿!! 好きだけど嫌い!!」

「うおっ…!? いてっ! いてててて!!」



 キリハの拳が地味に急所を狙ってきて、ディアラントは思わず声をあげる。



「もう誰とも話したくない!! 俺、大会が始まるまで部屋に引きこもるーっ!!」



「……ターニャ。」

「ええ。もちろん許可しますよ。」



 状況をようやく察したフールに名を呼ばれ、ターニャも同情的な表情で頷いた。



「なるほどな…。こりゃ、何時だろうと叩き起こしたくもなるわ。」

「だね……」



 頷き合ったミゲルとジョーは、空笑いを浮かべた。



 決して笑い事ではないのだが、とりあえずキリハがいつもの状態に戻ったことと、キリハがここまで荒れている原因が分かったことで緊張感が解け、全員の顔から力が抜けてしまっているというのが現状だった。



「キリハ君。とりあえず、君が持ってたら危ないから、残りの薬ももらえる?」

「……ん。」



 手を差し出すジョーに従って、キリハはポケットにしまっていた薬の包みを渡した。

 ジョーはディアラントからも薬と受け取ると、ターニャの元へとそれを持っていった。



「宮殿の研究部に、どこまであの人たちの息がかかっているか分かりません。これは私がお預かりして、父の伝手つてで調査を行ってもよろしいでしょうか?」



「そういえば、ジョーさんのお父様は製薬に携わっているんでしたね。分かりました。くれぐれも他言無用で、秘密裏にお願いします。」



 包みの中身を確かめていたターニャは静かに頷き、包みをジョーへと返した。



「はい。急ぎで依頼してきますので、今日はお休みをいただいてもよろしいですか?」

「もちろん構いません。ディアラントさん、よろしいですね?」

「はい。すみません先輩、お手数おかけして。有給申請、出しといてくださいね。」



 眉を下げるディアラントに、ジョーは軽く笑ってみせる。



「いいの、いいの。頑張るのは、僕じゃなくて父さんだもん。それより、ちゃんとキリハ君のフォローしてあげてよ。……さすがに、これはつらいよ。」



 ハンカチに包んだ薬とキリハを交互に見つめ、ジョーは同情と嫌悪が混ぜこぜになったような顔をする。



 キリハの我慢が限界を超えるのももっともだ。

 昼間散々脅されたところなのに、ほとんど間を置かずに毒を手渡されるのでは、たまったものではない。



 大事な人を、自らの手であやめろと言われたようなものだ。

 その心労たるや、想像だけで計り知れるレベルではないだろう。



「………」



 いつもは憎まれ口を叩くルカでさえ、今はこうして口を閉ざすに徹しているくらいだ。

 この場にいる誰もが、キリハにかける言葉を見つけられずにいた。



「キリハ、本当にごめんな。」



 ディアラントは、キリハのさらさらとした茶髪をなでる。

 これに関しては、ただひたすらに謝るしかなかった。



「……なんでなの?」



 大きく息を吐き出し、キリハはまっすぐにディアラントを見上げた。



「ディア兄ちゃんは、なんも悪いことしてないってミゲルから聞いた。じゃあ、なんでこんなことまでされなきゃいけないの? 俺、納得できないよ。」



 もちろん苛立ちの大半は、こんなことをしてくる国防軍に向いている。

 しかし、多くを語ろうとしないディアラントに対する怒りだって多少はあるのだ。



 どのみち宮殿にいる時点で巻き込まれるしかないのなら、ちゃんと事情を知っておきたい。



「ディア、話してやれ。」



 真っ先に声をあげたのはミゲルだった。



「先輩……」



 ディアラントが抗議的な目を向けるが、その視線を受けたミゲルは余計に表情を険しくする。



「いい加減にしろ。お前の考えは聞いた。それが考える限り、一番妥当な判断だろうことも認める。ただな、巻き込んだなら巻き込んだなりの責任を持て。師匠だからとかいうプライドなんか、くそくらえってんだ。」



 ミゲルは憤然として両腕を組んだ。



「おれから話すんじゃ意味ねぇんだよ。キー坊は、お前からの話を待ってんだからよ。教え子の求めてることすら分からねえようじゃ、教師失格だぜ?」



「………っ。……分かりましたよ。」



 一度言葉につまって眉をひそめたディアラントは、次に諦めたように肩を落とした。

 そして彼は静かに、キリハにずっと秘めていたことを語り始めるのだった。


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