ディープな家庭事情

「え…? ミゲル、今日も休みなの…?」



 いつもどおりの朝に、いつもとは違うことが一つ。



「ああ。ちょっと実家の方で、色々とな……」



 目を丸くして小首を傾げたキリハに、ディアラントが渋い顔で肩をすくめた。



 実家ということは、彼の家族に何かあったのだろうか。

 その可能性に思い至って、胸がざわついた。



「実家って……お父さんとかお母さんに、何かあったの?」

「え? あー…っとぉ……」



 まさか深く突っ込まれるとは思っていなかったらしく、ディアラントは言葉を探すように目線を虚空へ。



 ポリポリと頬を掻くその姿は、言うに言えない事情を抱えて困っているようだった。



「安心しなよ、キリハ君。病気で倒れたとか事故に遭ったとか、そういうんじゃないから。どうせ毎度のごとく、お母さんがお金でもせびりに乗り込んできたんでしょ。」



 代わりに答えたのは、今日もパソコンのキーボードを叩きまくっているジョーだった。



「ちょっ……ジョー先輩! それ、言っちゃだめなやつ!」

「いや、ディアが実家なんて言ったのがいけないんだよ。」



 にべもなくディアラントをあしらったジョーの手が、ほんの少し速度を落とす。



「キリハ君が両親を連想させるワードに敏感なことくらい、ディアの方が分かってるはずでしょ? 用事って言ってぼかせばよかったのに、馬鹿正直に実家だなんて言っちゃって。」



「うっ…」



 心当たりが大ありなディアラントが、自分の胸を押さえて罪悪感を噛み締める。



「中途半端だから、要点だけ言うと……」



 ジョーの手が、また遅くなる。



「ミゲルのお父さんは、紳士服ブランドの社長さん。お母さんは、お金に目がくらんで結婚したくそ女。この二人は会社の経営が傾いた時に離婚。ミゲルは剣の成績がよかったせいで、将来の金づるとしてお母さんに引き取られた。だけど成人してからのミゲルが、お父さんとばかりつるむもんだから気に食わない。ついでに、お父さんが経営を立て直して成功したのも気に食わない。だから慰謝料だ養育費だと理由をこじつけて、定期的にお金の無心に来る。ヒステリックに叫ぶもんだから、ひどいと警察沙汰。お父さんが心配なミゲルは、落ち着くまで手が離せなくなる。―――以上。」



「………」



 要点だけだというのに、なんとディープな家庭事情だろう。



 キリハはもちろん、たまたま近くにいた竜騎士の面々や他の隊員たちも、目を点にして言葉を発することができずにいた。



「ジョー先輩、明け透けなく言いすぎです……」

「事実だし。それに僕、あのくそ女嫌いだし。」



 ジョーにしては珍しく、態度がかなり刺々とげとげしい。



「あの女がミゲルの交遊関係にまで口を出すせいで、ミゲルには僕くらいしかまともな友達がいなかったんだよ? しかも僕が軍事大学に進んで次席を保ってるって知ってからは、まあ~おべっかがすごい。ミゲルを追いかけてドラゴン部隊に来てなかったら、今ごろ僕が金づるにされてたよ。」



「うわぁ……」

「えっぐ……」



 うめくしかないキリハとカレン。



「まあ、友達が僕しかいなかったのは、ミゲル本人も周りが嫌いだったってのもあるけどね……」



 ポツリと零したジョーの手が、完全に止まる。



「期待や賞賛ほど、くそみたいなもんはないさ。無意識の悪意ってやつは……人を簡単に殺すんだから。」



 そう告げた瑠璃色の奥で揺れる何か。

 それは彼がきつく目を閉じたことで、すぐに隠れてしまう。



「ジョー……大丈夫? なんか、顔色がよくないよ?」

「気にしないで。疲れが溜まってるところに不愉快なことを思い出して、頭痛がひどくなっただけ。」



「それ、大丈夫じゃなくない…?」

「いや、マジですみません。」



「なんでディア兄ちゃんが謝るの?」

「………」



 訊ねると、ディアラントは露骨に視線を逸らしていく。



 どうやらこれは、破天荒な師匠が誰かの不興でも買って、その処理にジョーが手を焼いているといったところか。



 状況を察したキリハは、半目でディアラントを見やった。



「ディア兄ちゃん…。あんまり、ジョーに頼りまくっちゃだめだって。さすがに可哀想だよ。」

「うう…っ。まさか、キリハにそんなことを言われる日が来るとは……」



 ぎくりと肩を震わせるディアラントに、他の皆もなかば呆れ顔。

 そんな中。



「………」



 たった一人だけ、全然違う雰囲気で全然違う場所を見つめている人物がいた。


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