強制収容
「キリハ、いつエリクさんのお見舞いに行く?」
ものすごく間抜けなことに、サーシャにそう言われるまで、全然そのことが頭になかった。
いや、決してエリクに会いたくないわけじゃないのだ。
それ以外のことを優先していたから、彼に会うのはもうしばらく後でいいと、無意識にそう思っていただけで。
とっさに答えを返せなかった自分は、同じく固まっているジョーを引っ張り、その場から二人で逃走してしまった。
「さすがに……直接は、会いたくないよね…?」
訊ねた自分に、ジョーは答えることを拒否。
しかし、強張ったその表情を見ていれば、彼の心境は十分に察することができた。
真実と結末は違ったとはいえ、トラウマはトラウマ。
まだ落ち着くには程遠いジョーをエリクと対面させるのは、あまりにも
エリクの姿を見た瞬間に発作を起こしてしまっては大変だ。
とはいえ、今はジョーが自分の護衛という立場だから厄介。
普段なら自分だけで病院に向かえばいいのだが、今の彼は常に自分の近くにいる必要がある。
ここは上手く言い訳をして、サーシャだけでお見舞いに行ってもらおう。
そう思った矢先、ケンゼルから電話がかかってきた。
エリクのためにも、なるべく早く見舞いに来てやってくれ。
そして必ず、そこにジョーも連れてくること。
戸惑う自分に、電話の向こうにいたケンゼルとオークスは、いつになく強い口調でそう言ってきた。
やんわりと断ろうとしたものの、あちらは聞く耳持たず。
まあ、病室に入らなければいいだけの話だから。
最終的にジョーが諦めたことで、仕方なく翌日にはフィロアへと向かうことになった。
「……ねぇ。僕は危険人物扱いされてるのか、重病人扱いされてるのか、どっちなんです?」
病院に着くや否や、待ち構えていたケンゼルとオークスに両脇を掴まれ、そのまま
ケンゼルの部下たちが出入口をきっちりと固める中、オークスの友人である宮殿医療部の医師、ロンドに診察されることになったジョーは、不満げな様子で彼らを睨んだ。
「どっちでもあるわい。」
「キリハには見舞いに来てほしいけど、何がなんでも君を一人にするわけにはいかないからな。」
対するおじいちゃん二人は、どこか憤然とした態度で仁王立ちである。
「ジョー…」
「はい?」
「君……よくこれで運転してきたね……」
一通りの触診を終えたロンドは、どこか顔を青くして息をつく。
「かなりの低体温の上に、脈も浅いし安定していない。それに加えて、ろくな睡眠も休養も取ってないでしょ? 血液検査の結果はまだ出てないけど、今の時点で入院確定だよ。」
「ええぇー…」
「というか、私としては何故平然と動いているのかが疑問なくらいで。」
「どうせ、薬で体調をごまかして無理を押し通しとるんじゃろ。」
「だろうな。」
ジョーの代わりに答えるのは、当然ケンゼルとオークスの二人。
それを聞いたロンドは、ジョーの前に紙とペンを滑らせる。
「書いて。」
「何を?」
「今飲んでる薬の成分表。」
「やだ。」
「書かないなら、このまま監禁。」
「………」
自由を奪われるのは嫌らしい。
思い切り顔を歪めたジョーは、渋々とペンを走らせた。
「こんの馬鹿ーっ!!」
まだ書き終わってもいないのに、ロンドが顔を真っ赤にして叫んだ。
「死にたいのか!? もはや麻酔レベルの濃度で、なんつー薬を飲んでるんだ!?」
鼓膜が破れるような勢いで怒鳴られ、ジョーは肩をすくませながら耳を塞ぐ。
「本当に、君って子は…っ。やっぱり、もう自分で対処できるなんて言葉を真に受けて、高校生で定期検診をやめるんじゃなかった! 君のそれは、治療をしているんじゃなくて、ただ倒れるのを先送りにしてるだけだ!!」
「……寿命まで先送りにできれば、結果オーライじゃないですか?」
「アホかーっ!! ケンゼル! オークス!!」
派手に自分の頭を掻き回したロンドは、後ろの見守り隊に噛みつく。
「どうして事件の後、すぐにこの子を取っ捕まえなかったんだ!? こんな危ない薬漬けになる前に、私の前に引きずり出してくれれば…っ」
「そうは言ってもなぁ……」
「まずは、この子を人殺しにしないことが第一じゃったしのぅ……」
「それは…っ。事件のことを聞いた今なら分かるが…っ。心的外傷後ストレス障害やパニック障害ってのは、馬鹿にしちゃいけないんだ!! 下手すりゃ、本当に死ぬんだよ!!」
悲鳴のような高い声で叫ぶロンド。
それで、彼もまたジョーの過去を知る人物なのだと知る。
「ジョー。せっかくだから、何日かは入院した方がいいよ。事情を知ってる人たちの前なら、まだ気も楽でしょ? 騒ぎにしたくないなら、ディア兄ちゃんやミゲルには、レイミヤで普通に仕事してるって言っとくからさ。」
「………っ!!」
苦笑混じりにキリハがジョーにそう言うと、ケンゼルたち三人が目をまんまるにして固まった。
「キリハ……お前さん、まさか……」
「うん。この人が、こうなっちゃっても仕方ない弟さんだって話は聞いた。」
病室の全員が全てを知っているとは限らないので、あえてぼかした物言いにする。
すると、これまた意外そうな表情と視線がジョーに集まる。
「おいおい……」
「これまた、どうして……」
「……仕方なかったんですよ。発作にやられてる隙にうっかりまでやらかして、この子に気付かれちゃったんです。あの時の僕には、しらを切り通す余裕もなかったし……」
かなり気まずそうなジョー。
そんな彼をしばらく見つめていたケンゼルとオークスは……
「キリハ、よくやった!」
がっしりとキリハの両手を掴み、拝み倒す勢いで彼に詰め寄った。
「え…? よくやったって…?」
「言うまでもなく、この頑固者に亡霊を認めさせたことだよ!」
「この十五年で初めてのことじゃ! やはりお前さんは見所があるわい!」
本当に嬉しそうな二人。
ジョーの話には最初からこの二人の名前が出ていたし、二人の顔を見ていると、彼らがかなり長い付き合いなのが分かる。
「愛されてるね。」
「……みんな揃って、過保護なだけだよ。」
素直に感じたことを告げると、ジョーは
どうやら、心配されまくっているのが気に食わないようだ。
真実を知る人が少ないからこそ、強い絆で成り立っている世界。
その中に入れてもらえた嬉しさを感じながら、キリハはケンゼルたちに笑いかけた。
「お礼を言うのは、俺の方だよ。ジョーの話を聞けて、俺はすごく救われたから。」
そう言ったキリハの瞳に、少し複雑そうな感情が揺れる。
「正直、今はさ……良い子の模範解答なんて、聞きたくなくて……」
物悲しい気分で本音を零すと、途端にケンゼルもオークスも表情を曇らせた。
しかし、キリハは笑顔を絶やさない。
「でもね、ジョーが俺の気持ちをそのまんま聞いてくれたから、一気に軽くなって……ちょっと、立ち直れた。俺が何も言えなくなったら、ジョーがこれまでの仕返し話をしてくれたりして……あまりにも容赦がないんだけど、相手が自業自得すぎるのが面白くて! 朝になるまで、思いっきり泣いて、思いっきり笑わせてもらえた。」
「………」
キリハの話を聞いたケンゼルとオークスは、目を点に。
世にも奇妙なことが起こったもんだ。
そう言いたげな二人の視線が、まっすぐにジョーへと向けられる。
「てっきりその役目は、ディアか孤児院のおばあさん辺りがやるかと思っておったのに、まさかのお前さんかい。」
「その悪魔節も、健全な意味で役立つ時があるんだな。」
「言い方。」
ばっちりと点滴を打たれながら、ジョーがいがむようにきつい視線を二人に向ける。
「ジョーだから言えたんだよ。本当に助けられたんだから。」
キリハが笑うと、ケンゼルとオークスも小さく微笑む。
穏やかになりかけた病室。
それを打ち壊したのは、小さなノックの音だった。
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