キリハの訓練内容

 ドーム内に落ちる暗闇。

 その中にぽつりと浮かぶ、〈撃破成功〉の文字。



 照明が再び点灯してもその余韻は覚めず、この空間全てを無と表現しても大袈裟ではない静寂で塗り潰していた。



 キリハは無言で立ち上がり、剣を左右に振った。

 その剣を右手にぶら下げ、一人で操作室に戻る。



 ラックに剣を片づけ、茫然自失といった面々の中で唯一満足そうな笑みを浮かべているフールに向って、肩をすくめてみせた。



「ほら。これでご希望どおりでしょ?」

「にゃはは。さすがキリハ、狙いどおりだよ~♪」



 してやったりといったフールの声で、この場を凍りつかせていた呪縛が解けた。



「すっ…」



 カレンの唇が震える。



「すごいすごい!! どうやったのあれ!? いつの間に覚えたのー!?」



 興奮したカレンに、一瞬で詰め寄られてしまった。



「いや、まあ……とにかく、焔のくせを体に叩き込んだ結果っていうか、なんていうか……」



 キリハは、視線を右往左往させる。

 まさかこんなに驚かれるとは思っていなかったので、急に居心地が悪くなってしまった。



 カレンの興味深げな視線による追究はまだ続いている。

 それに、キリハが上手い説明を構築できずに言いよどんでいると……



「おーい。みんな、こっちこっち!」



 フールが飛び跳ねながら手を招いてきた。

 彼はまた操作盤の前でタッチペンを持ち、何やらせわしなくその手を動かしている。



 液晶画面がどんどん切り替わっていき、あるページで止まる。

 そこに映るのは、キリハの個人ページだ。



(こいつに、パスワードを教えるんじゃなかった。)



 効率化のためだったとはいえ、過去の自分の行動が悔やまれる。



 キリハ以外の皆が注目する中、フールはさらに画面をタッチしていく。



 通常訓練メニューからシングルモード。

 個人カスタム訓練。

 そして、カスタム詳細設定へ。



「これが、いつもキリハが一人の時にやってるメニューだよ。」



 これはシミュレーションなので、設定さえすれば様々な状況を想定した訓練が可能だ。

 フールが示したのは、キリハがいつも行っている訓練の設定内容だったのである。



 液晶画面を凝視するカレンの表情が、見る見るうちに不可解そうに変化していく。



 想定フィールド:屋内・道場

 遮蔽物:人形ランダム出現

 《焔乱舞》:有

 時間:無制限



 そして……





「ドラゴン出現:無?」





 設定の中で最も解せない部分を、カレンの唇がなぞる。



 そう。

 キリハの練習はドラゴン戦を想定したものではなく、基本的な剣の訓練だったのだ。



 その場にいる全員の視線が、一点に集まる。

 〝一体何故〟という無言の問いに、キリハは頭を掻いた。



「だって、この剣使いにく過ぎるんだもん。基本的に受け手に回るのが俺の戦い方だから、まずはほむらがどんな物なのかを徹底的に知ろうと思って。それなら、ドラゴンって邪魔じゃん?」



 自分の力で無理にねじ伏せて剣を振るうのは性に合わない。

 だから一度ドラゴンのことを忘れ、《焔乱舞》だけに集中することにしたのだ。



 しかし、こういう精密機械の扱いは理解しがたく、どうしたもんかと悩んでいたところにフールが来た。

 フールの助言がなければ、自分はこの詳細設定の存在すら知らなかったことだろう。



「まあ、焔がただの剣だったら、俺もみんなと同じ練習してたと思うけど。」



 今回は、武器が規格外だったのだ。

 自分としてもこんな初歩的な訓練を今さらすることになるとは思っていなかったし、それにここまでの時間を費やすことになるなんて、それこそ予想もしていなかった。



「僕も最初は、変わったことするなぁ~って思ってたんだけど、キリハったらぐんぐん焔と馴染んでいくんだもん。これはいけると思って、さっきの技を教えたんだ。」



 まるで自分のことのように鼻高々といった様子のフール。

 キリハは呆れるしかなかった。



「お前なぁ…。あの感触覚えるのに、どれだけ苦労したと思ってるのさ。まだ焔のくせにも慣れきってなかったのに、あんな無茶振り―――」



 文句は最後まで言えなかった。

 実践場と操作室の間を仕切る自動ドアが開いたからだ。



 そこから現れたルカは、悔しさや苛立ちがない交ぜになった複雑な目でキリハを一瞥いちべつし、結局何も言わずにシミュレート室を出ていこうとする。



「ルカ。」



 その背に投げかけられる、フールの声。



「僕は別に、キリハだけに目をかけてるわけじゃないよ。たまたまキリハの流儀が、焔と相性がよかったってだけさ。君のやり方が間違ってるわけではないし、僕としても否定するつもりはないよ。」



「………」



 ルカは数秒立ち止まったが、振り返らずにシミュレート室を出ていってしまった。



「あちゃー。焔の技を見せてあげたかっただけなんだけど、こりゃ刺激が強すぎたかな?」



 強すぎもなにも最悪だ。

 もし本当にこの流れを予測できずにあの技を使わせたのなら、このぬいぐるみには空気を察する能力が致命的に欠如している。



〝お前のせいなんだから、命令を撤回しろ。〟



 その言葉が喉の真ん中まで出かかったが、フールはともかく、ターニャがそれを許してくれるとは思わない。



 キリハはがっくりと肩を落とした。



「俺は、悪くないからね……」


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