竜血剣《焔乱舞》

 夜空をまっすぐに貫く紅蓮ぐれんの柱。

 高く立ち昇った火柱は、その場にいる全員の意識をいとも簡単に停止させた。



「きゃっ…」



 サーシャが小さな悲鳴をあげて尻餅をつく。



 急に、キリハから弾かれてしまったのだ。

 それも無理はない。



 突如として現れた火柱は、キリハを中心に燃え上がっていたのだから。



 ドラゴンと人々に見つめられる中、キリハは炎をまとったままゆらりと立ち上がる。



 炎はとてつもない熱量を秘めているらしい。

 その証拠に、キリハが手にしていた剣がみるみるうちにけていく。

 しかし、炎がキリハ自身を焼くことは決してなかった。



 ふと、炎の一部が違う動きをし始める。

 炎はキリハの体を這うようにして移動し、空になったキリハの右手へと集まり出す。



 その炎はキリハの手の中である形を象り始め、そして―――





 キリハの手がそれを掴み、思い切りそれを上下に振った。





 立ち昇っていた炎が爆発し、周囲に炎の波と熱風をまき散らす。

 その炎になぶられ全身が、灼熱に焼かれて熱い。



 ブツッ



 ふいに、そんな音が耳元で響く。

 次の瞬間、頭がなんだか軽くなったような気がした。



(なんか……全部が綺麗に洗われてくみたいだ……)



 炎は火傷やけどしそうなほどに熱いのに、不思議とその熱さを心地よく感じる自分がいる。



 清浄な炎の力を全身に受けながら、キリハは閉じていた目をゆっくりと開いた。

 自分の右手を見下ろす。



 いつの間にか、手に握っている剣が変わっていた。

 鏡のように輝いていた白銀の剣はない。





 代わりに手に収まっているのは、引き込まれそうなほどに鮮やかな深紅色の剣だ。





 柄からその刃先までが赤いその剣は、面白い形をした片刃剣だった。

 重さはシミュレーションのものとそう変わらないが、すらりとした細身の剣の形状はかなり違う。



 ただ、刀身からちりちりと舞う炎の欠片が、この剣こそ皆に渇望されていたものなのだと無条件に理解させた。





「これが――― 竜血剣りゅうけつけんほむら乱舞らんぶ》。」





 キリハは現実を確かめるように、静かに剣の名をなぞった。

 手の中で己の存在を訴えてくる剣を握り締め、キリハはくすりと笑う。



「シミュレーションどおりだね…。くせが強すぎるって。」



 油断すれば体が持っていかれそうになる、この扱いにくさ。

 それを感じながら、キリハは《焔乱舞》を自然体で下ろしてドラゴンを見据える。



 ドラゴンは先ほどまでの戦意を一転させ、怯えたようなか細い声をあげてキリハを見ている。



「……これが怖いの?」



 見せつけるように、キリハは《焔乱舞》を掲げてみせた。

 すると、ドラゴンは明らかに《焔乱舞》を嫌がるに身をよじって後退する。



 このドラゴンが恐れているのは、この剣――― いや、この剣に込められた炎の力なのだろう。



 神竜リュドルフリアの炎の力。

 浄化と裁きの炎と呼ばれ、一吹きで一匹のドラゴンを消滅させてしまう、人間からもドラゴンからも畏怖される力。



「浄化……か。なるほど。」



 キリハは呟き、ドラゴンが退いた分を埋めるように一歩前に出る。



 真正面から見上げるドラゴンは、こちらを恐れてどんどん身を引いていく。

 ドラゴンが一歩退く度に、その体中から鮮血が噴き出して地面を濡らした。



 その姿は、とても苦しそうで見ていられなくて……





「終わりにしよう。」





 血を流し続ける巨体に向かって語りかけるキリハは、とても穏やかだ。

 その言葉に応えるように、《焔乱舞》がその刀身を爆裂的な炎で包む。



「苦しいよね? もう、苦しまなくていいから。楽になろう。」



 優しく語りかけて、キリハは空いている左手をドラゴンへ差し伸べた。

 その間にも、《焔乱舞》がまとう炎は勢いを増していく。





 ……………





 ふと、ドラゴンから怯えが消えた。

 キリハの言葉と《焔乱舞》が吐き出す炎から、何かを感じ取ったのかもしれない。



 ドラゴンは今までとは逆にキリハの方へ自ら進み出て、そっと目を閉じる。

 そして、ゆっくりとそのこうべを垂れた。





「――― ごめんね。」





 地を蹴る瞬間に零れたその囁きを聞く者は、誰もいない。


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