第362話

 ロンダリウス侯爵邸は、大きな黒い門で閉ざされていた。門の両端には、やはり顔色の悪そうな衛兵が立っていた。この街に住む人は、軒並み、こんな感じなのだろうか。

 今回はリンドベル家の名前を出すと、なぜかすんなりと門の中へと案内された。そして屋敷の中で私たちを出迎えたのは、この家の執事の格好をした中年の男性。こちらもずいぶんと顔色がよろしくない。


「お待たせしました。申し訳ございません、主は本日、王城の方に行っておりまして」


 全然、申し訳なさそうでないところが、ムカつく。


「そうですか……父から連絡がありまして、こちらに伺ったのですが」

「リンドベル様のお父上ですか?……はて、今、この屋敷に逗留されているお客様はおりませんが」


 口元だけ笑みを浮かべて、図々しくもそう答える執事。

 だけど、地図情報で、この敷地のはずれにある小さい離れのような家に、エドワルドお父様たちのマークがちゃんとあるし。

 ……その上、この中年執事、敵対の赤マークついてるし。


「……ダウト」


 思わず、ポツリと呟いたと同時に、オズワルドさんとカークさんが、執事を押さえ込んでいる。早っ。ダウトの意味、どこかで二人に教えていたかしら。

 ギャーギャー喚く執事に『スリープ』をかけると、あっさり熟睡。適当に床に転がしておく。念のために、ロープでぐるぐる巻きにしておくことも忘れない。


「イザーク兄様、こっちです」


 私は地図情報を頼りに、屋敷の中を小走りにかけていく。

 不思議なことに、あんなに騒いだのに、護衛らしき者も他の使用人らしき姿も見えない。あの中年執事しか、この屋敷にはいないのだろうか。

 結局、誰とも会わずに屋敷からの渡り廊下を見つけると、離れの重そうな扉の前に着くことができた。


「ここでいいかい? ミーシャ」

「うん、この部屋のはず。でも、二人とも動きがないの……急いだほうがいいかも」


 そうなのだ。精力的に動き回るイメージのあるエドワルドお父様でさえ、まったく動きがないのだ。不安な気持ちが膨れ上がる。その上、この扉の隙間から、嫌な黒い靄が染み出ているのだ。最悪なことしか、考えられなくなる。


「少し離れて」


 イザーク兄様の声に、私はオズワルドさんたちの背後に回される。


 ドゴンッ


 ……蹴破ったよ、あの人。

 どんな足をしてるんだ、と唖然としている間に、中に入っていくイザーク兄様。


「……父上っ!」


 イザーク兄様の叫び声に、私たちは弾かれたように部屋の中へと飛び込む。中は黒い靄が立ち込めていたけれど、私が入った途端に霧散した。久しぶりに、浄化スキルの凄さを実感。


 ――そして。


 部屋の中には、血まみれのエドワルドお父様と……右肩から袖を破られた状態で、二の腕までを枯れ枝のように変えられたアリス母様が、小さな半円形の結界に守られた状態で倒れていた。

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