第337話
結果で言えば、おじいさんの腕は治った。ついでに、足も治した。
私の手にかかれば、簡単なことではある。『聖女』だからというよりも、高レベルな光魔法の『治癒』だからなんだけど。
「なんてこった……」
おばあさんは、びっくして腰を抜かしてしまった。まさか、本当に腰が抜けるってあるんだ、と、目の前にして、こっちがびっくりである。
「おばあさん、私のことは内緒ね?」
「え? あ、ああ」
「ん~、でも、おばあさん、おしゃべりさんだったしなぁ……」
「しゃ、しゃべらんよ! 絶対、しゃべらん!」
チロリと疑いの目で見ると、顔を青ざめたおばあさんが、バタバタと手を振って、思い切り否定してきた。
「まぁ、しゃべったら、すぐにわかるようにしとくけど……ね」
私の言葉に反応して現れたのは、緑の光の玉の状態の風の精霊。ふわりふわりと浮かんだかと思ったら、おばあさんの周りを飛び始めた。おばあさんにも見えるくらいに強い子みたいで、おばあさんは目が点だ。
「ひ、ひぇっ、な、なんなんだい、これは」
「ふふふ、この子は風の精霊……おしゃべりしたら……どうなるかな?」
そんなに、酷いことはしないとは思うけど。おばあさんには、そんなことはわかるはずもなく、ガクガクブルブルと怯えている。
その一方で、おじいさんは喜びいっぱいに、手をにぎにぎしたり、店の中を歩き回ったりしていたけれど、風の精霊が現れたとたん、目が輝き出した。
「なんと……素晴らしい……今まで、エルフ族や獣人族以外に精霊の姿を見たことがないと言われているのに……」
「人族でも、神殿関係者の中には見える人もいるわよ」
「そうなのですか!」
おじいさん、すっかり、言葉遣いが変わってる。まぁ、いいか。
「ああ、このお姿を、描きとめたい!」
……目に涙を溜めて、拝み始めたよ。
「あー、それは、後にしてくれる?」
「えっ! 後でしたら、描かせていただけるのですかっ!」
「うおっ」
おじいさんが、猛突進してきたもんだから、椅子から落ちそうになる。
「近寄るなっ!」
シャキンッ
……イザーク兄様の剣の先が、おじいさんの目の前に向けられる。
何も、そこまでしなくても、と思うものの、ちょっと助かったのは事実。
「まぁ、まぁ、二人とも落ち着いて。まったく、もう……」
私はテーブルに置かれたブープのジュースを飲み干す。
「描かせてあげてもいいけど、まずは、私のお願いの方を描いて欲しいの」
「……ギルドにあったのと同じものを、ですな」
「そう。まぁ、すぐには出来上がらないのはわかるわ。私たち、しばらく、この大陸をあちこち見て回るつもりでいるから、戻ってきた時に出来上がっているとありがたいわ」
「……わかりました」
「完成した暁には、この子の絵を描いてもらっても構わないわ」
私の掌の上に戻ってきた、風の精霊の光の玉を差し出して見せる。
……おや? この子、ぼんやりと人型になってない?
もう、サービス精神旺盛ね。
「……ありがとうございますっ!」
涙をボロボロと流しながら、跪いて見上げてくるおじいさんの目は、気持ち悪いほどにキラキラ輝いていた。
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