第336話

 私の言葉に、おじいさんは返事をしない。

 私としては、かなり頑張ったんだが(中身の私としては、思い切り身もだえている。見せないけど)、あまりに無反応なので、おばあさんの方に聞いてみる。


「おばあさん、おじいさん、絵を描くと思う?」

「ハハハハハ、もうだいぶ昔の傷だよ? 治るわけないじゃないか」

「だから、もし、だよ」


 グイッとエールを飲み干したおばあさん。なかなかに豪快だ。


「そうさねぇ、万が一にも治ったら、たぶん、最初にやるのは……中途半端に残ってるあの女の絵じゃないかねぇ」


 少し悲し気に言うおばあさん。


「この人の部屋の片隅に、ずーっと残ってるんだよ。まったく、諦めが悪いというか」

「………」


 おばあさんの言葉にも無関心。


 ――でも、まだ、そんな大昔の恋人に未練なんて残ってるものだろうか。 


 チラッとおじいさんの方へと目を向けると、席を立つでもなく、エールをちびちび飲み続けている。


「ねぇ、もし、治ったら……その、恋人の絵の後でもいいから、ギルドに貼ってあるのと同じの、作ってくれない?」

「……何言ってんの、お嬢ちゃん、そいつには酒は入れてなかったはずなんだけど」


 私の言葉に、おばあさんはくすくす笑いながら冗談で答えたけど、おじいさんはギョロリと目を向ける。その目は、驚きで見開いている。


「……あんた、もしや」

「ねぇ、どうする?」


 ジッと目を合わせて、問いかける。

 ゴクリと喉を鳴らすおじいさんに、もしかしたら、私の正体に気付いたかもしれない、と思った。


 冒険者ギルドは、大陸は違っても情報は共有されるという話を、双子とへリウスが話していた気がする。そうじゃないと、大陸間で高ランクの冒険者に依頼をすることができないんだとか。前にコークシスのダンジョンで出会ったエルフの冒険者たちも、冒険者ギルド経由での依頼があったのかもしれない。


 ――当然、『聖女』関連の話もある程度は伝わっている可能性もあるか。


 ギルドの窓口にいる理由は、よくわからないけど、この年齢だったら、それなりに情報を知る立場にいてもおかしくはない……かもしれない。


 私の目を見て、ジョッキを下すおじいさん。何度か、私の顔とジョッキの中を往復して、おもむろに呟いた。


「……本当に治るのか?」


 その言葉に、おばあさんの方が驚く。


「あんた、何言ってるんだい、子供の戯言」

「治るのか?」


 おじいさんの真剣な言葉に、おばあさんも口をつぐむ。

 やっぱり、描きたいよね。あれだけのモノが描けたんだもの。


「作ってくれる?」


 にっこりと笑って問いかける。


「……ああ。作るとも、作るとも!」

「ネ、ネイサン……」


 おばあさんは、逆に、ドン引きな感じになってるけど、おじいさんの目には、必死さが浮かび、これなら大丈夫かもしれない、と思った。

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