第335話

 おじいさんは、案の定、無口。むしろ、おばあさんの方がおしゃべりだった。

 料理を持ってくるたびに、何かしら話を一つしないと、離れていかない。何せ、この町の噂話には事欠かないって感じで、私たちが全然知らない、近所のゴシップが目白押し。

 この食堂が、地元の集会場みたいになっているんだろうなぁ、というのが簡単に想像出来てしまう。

 

 いつの間にか、中年の労働者たちはいなくなってて、なぜか、看板も下げられていた。たぶん、もう新しいお客さんは入って来ないだろう。

 この店にいるのは、私たち四人だけだ。


「ほんとにねぇ、この人も、若いころは、ブイブイ言わせてたんだけどさぁ」


 二人は幼馴染だったらしい。

 おじいさんは若いうちに冒険者になって、この大陸中を、あちこち巡っていたらしい。おばあさんの方は、父親がやっていたこの食堂を継いだそうだ。旦那さんは数年前にすでに亡くなっているらしく、一人で切り盛りしているらしい。

 気が付けば、おばあさんもジョッキ片手に、おじいさんの隣に座って話し込んでいる。


「だから言ってやったんだよ。早いところ、プロポーズしちまえってさ」


 話はおじいさんの恋バナになっていた。

 まぁ、簡単に言ってしまえば、残してた恋人に裏切られてしまった、という話らしい。まぁ、待つ身としては、恋人が危険な冒険者を続けているのが耐えられなかった、のかな、と思って聞いてみたら。


「大金持ちの商人のボンボンに、あっさりついていきやがったのさぁ」


 恋人は、この港町でも、美人な部類に入る娘だったそうだ。おじいさんも、当時、そこそこ有名になっていて、なかなかのお似合いな二人、と言われていたらしい。

 ただ、その恋人とは、ちょっと年齢が離れていたらしく、もっと稼いでいて、美男子(なんでもエルフの血が混じってたとか)で安全な仕事をしている相手の方がよかったらしい。

 考え方としては堅実といえば堅実だろうけど。おじいさんが留守中に、さっさと町を離れてしまってたのは、不義理といえば不義理な人だなぁ、と思う。

 恋人に裏切られて、ヤケになってしまったおじいさん。クエスト中に、見事に、怪我をしたらしい。若気の至りといえば、そうなんだけど、典型的過ぎて笑えない。

 おばあさんの方は、未だに怒りがあるのか、ぷりぷりしながら、その元恋人のことを文句を言っている。


「うるせぇぞ、マイア」


 ぼそりと文句をいうおじいさん。


「ふんっ、いつまでも、ギルドの受付でくすぶってるような奴に文句は言わせないよ」

「……ふんっ」


 まぁ、ちょうど怪我の話が出たところだし。


「ねぇ、おじいさん」


 私の呼びかけに、無反応なおじいさん。

 まぁ、この程度は予想通りではある。


「もし、その手、治ったら、また絵を描く?」


 コテリと小首を傾げながら、問いかけた(自分でも、あざといとは思ってる)。

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