第279話
子供の元気な返事の声に、固まる私たち。そして、現れたのは、身体中が泥だらけになっている、ヘリウスの子供と言われてもいいくらい、そっくりの獣人の子供。たぶん、私と同じくらいの背丈かもしれない。
……ちょっと、めちゃくちゃ可愛いんだけど!
「おしっ、よく生き残ったなっ」
「おじさんっ! 怖かった! 怖かったよぉ! うぉーん!」
ヘリウスの顔を見たとたん、涙をボロボロ零し始めたチビちゃん。汚れたまんま、ヘリウスに抱きつく。さっき、せっかく『クリーン』をかけたのにっ!
私は感動の再会の場面なのに、イラっとしながら、もう一度『クリーン』をかける。
それにしても、あの激しい戦闘の最中、なんで、この子が生き残れたのか。すごい不思議だ。
「なんで……生きてる……」
その言葉は、私の後ろにいたボンボンの口から発せられた。
「あいつは、『蟲集め』とともにいたのだぞ……なんで……」
まさに幽霊でも見たかのように青ざめた顔で、呆然としながら呟くボンボンに、マイナス五十度くらいありそうな視線で睨みつけるヘリウス。チビちゃんも、怯えたようにヘリウスの背後に隠れる。
「ふんっ、こいつはポーターとしてついて来ていたが、万が一何があってもいいように、『護りの腕輪』をつけさせていたんだ。例え、クィーン・マンティスに潰されそうになったとしても、死なないさ」
チビちゃんを抱き上げるヘリウス。まるで父親だな。
「なっ! 『護りの腕輪』だとっ!」
ボンボンが唖然としている。その『護りの腕輪』っていうのは、有名なのか?
彼のリアクション的にも高価なモノなのだろう。それにしたって、あの魔物にも潰されないとか、どんな強固な護りなの。ていうか、それって、このチビちゃん、実は身分のある人だったりするんじゃ、と思い至る私。
ソロリと双子の方に目を向ける。案の定、苦笑い。これは、何か知っている、という顔だ。そして、ヘリウスに目を向けるけど、ここでは言うつもりはないのだろう。獣人二人は、ボンボンを置いて、さっさとその場から離れていく。
「……あー、こいつ、どうすんのよ」
私は双子に目を向けるけど、二人とも、そっくりの格好で肩を竦めて見せるだけ。
「生き残った護衛にでも任せたら?」
「四十階の階段も、あと少しだろうし」
二人ともが、すでに投げやり。いや、まぁ、そうなんだけど。別に、私たちの依頼主でもなんでもないしね。
大きな溜息をつくと、私は双子の側へと向かう。ボンボンは、私に声をかける気力もないのか、呆然としたままだが、生き残った護衛らしき人が、足を引きずりながらやってきた。
「よかったら、これ、使ってください」
私はさりげなく肩掛けバッグ(と見せかけてアイテムボックス)から、失敗作の初級ポーションを渡す。偶に、初級といいながら、効き目が良すぎるモノが出来てしまうことがある。それを持ち歩いてたので、ちょうどいい。これは在庫処分だ。
「す、すまん。助かる」
体液まみれの中に聞こえてきた声が、思いの外、若かったので、気の毒になっておまけで『クリーン』もかけてあげた。
「あ、ありがとう!」
泣きそうな顔で言われたお礼の言葉に、片手をあげて返事を返す。あんな主人に仕えなきゃいけない彼を気の毒に思いつつ、私は双子の元に駆け寄る。
「随分とお優しい」
「余らせてるヤツだしね」
「まぁ、私たちには、ミーシャの魔法があるしね」
「それよりも、あの子って」
私の訝し気な顔に、双子は困ったような顔になる。そして、ニコラス兄様が、私の耳元で教えてくれた。
「たぶん、あの子、獣人の国の王子様……だと思う」
……なんですと!
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