第278話

 双子もびっくりした顔で私を見ている。


「なぁ、お嬢ちゃん、俺は耳がおかしくなったのかな。お前さんが『投げ捨てた』と言ったように聞こえたんだが」


 耳をほじりながら、眉間に皺をよせ、聞いてくるヘリウス。


「言ったわよ」

「おいおいおいおい」


 ……うむ。エドワルドお父様が本気で怒った時と同じくらい、迫力あるな。


「エリオット様、これはどういうことですかね」


 しかし、肝心のボンボンの方が、ヘリウスの威圧もあってか、使い物にならなくなってて、返事もできない。仕方がないので、私が聞きだした話、として説明すると。


「くそっ! だからチビを連れていくのは反対だったのにっ」


 近場にあった太い木に、思い切り蹴りを入れるヘリウス。なんか、メキッとかいう音が聞こえた気がするんだが、気のせいだろうか。緑の葉がけっこう大量に降って来てる。

 なんでも、そのチビちゃん、知り合いに頼まれて、連れていく羽目になったのだとか。

 確かに、預けた方は、相手がAランクの冒険者だし、大丈夫だろうと思って預けたのだろうけど。でも、Aランクだからこそ、危険な場所にだって行くと思うから、自己責任なんじゃないの? と、冷たいようだが思ってしまう。そこまで責任を求めるのはどうか、と思うんだが。

 ただ、今回のそれは自己責任とかいう問題ではないのは確か。同行者に裏切られるとか、相手は子供だというのに。子供相手に、そんなことをしでかす貴族。もう、そういうレッテル貼られるの確定。

 ヘリウスも、怒り心頭のご様子。浅黒い肌が、怒りで赤黒くなっている。

 それも原因が自分の雇い主の暴走だとか、怒りの矛先を向けるに向けられない……と思ったんだけど。


「おい、ボンクラ。てめぇ、戻ったらタダじゃおかねぇからな」


 ひょぉぉぉ~っ。

 公爵家の嫡男相手に、強気発言。これ、不敬罪と言われても仕方ないけど、ずっと俯いている当の本人に聞こえているかどうか。

 しかし、この場でブちぎれなかったヘリウスは、さすがAランクと言うべきなのだろうか。私だったら、このボンボンに、蹴り入れてるわ。効き目があるかはわからないけど。


「チビッ! チビ、どこだっ!」


 いきなり声を上げ始めたヘリウスに、びっくりする。ヘリウスの声が周囲に響き渡る。

 ダンジョンの中で大声を出してもいいのか、と一瞬思ったけれど、集まってきた虫たちを散々殺し尽くしたのだ。しばらくは、現れないかもしれない。虫以外の魔物の姿がなかったのは、あのクィーン・マンティスの存在もあったのかも。

 しかし、子供のポーターがあの場で生き残れているのは、想像できない。どう考えても、無理だと思うけれど、ヘリウスはチビちゃんを呼び続ける。


「ヘリウス、やめなよ」

「ヘリウス」


 双子が気の毒そうに声をかけるが、完全に無視。周囲を歩きながら、呼び続けること、二十分程。ついには、『蟲集め』の落ちていたあたり、クィーン・マンティスの身体の裏側に行ってしまったヘリウス。姿は見えないけれど、彼の呼び声だけは聞こえてくる。そして。


「チビッ」

「はいっ!」


 いきなり、元気な子供の声が、響いた。

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