第277話

 生き残った冒険者と騎士たちは、完全にボロボロ状態。双子にしても、かなり消耗していた。四十階に行くにしても、彼らが自力で行けるか怪しいところ。


「この死体とかって、このままでいいの?」

「本来なら、遺体は持って帰りたいところだろうけど。ここはダンジョンだからな……冒険者なら身分証を持ってるだろうから、それだけでも持って帰ってやりたいか」


 放っておけば、確かに魔物たちのエサになるだけだろう。そして、最終的にはダンジョンへと吸収されてしまうらしい。

 血の匂いに辟易しながら、ニコラス兄様に魔力用の中級ポーションを差し出す。市販のは、かなり苦いらしいのだけれど、私のお手製のはかなり味のほうも改良して、もう少し飲みやすくなっている。だから、素直に受け取るニコラス兄様。


「ありがと……ん、ん、ぷはぁ……やっぱ、ミーシャのは旨いわ」

「ミーシャ、私にもっ」


 虫の体液塗れになってるのも気にせずやってきたパメラ姉様に、私の方が顔を顰める。自分でも『クリーン』の魔法は使えるはずなのに。伯爵令嬢、しっかりして!


「もう! 『クリーン』『クリーン』『クリーン』!」


 三回くらいかけないと、その汚れと臭いは耐えられない!


「ミーシャ、ありがと!」

「いいえ! で、その後ろの人は?」


 綺麗になったパメラ姉様とは逆に、体液塗れのままの男。さっきパメラ姉様とともにクィーン・マンティスと戦っていた人だ。

 見上げるような背の高さは、エドワルドお父様と同じくらいか、もっと背が高いかも。そしてその男の頭には……獣の……犬? 狼? の耳。そして何より、黒くて太い尻尾がフラリフラリと揺れている。

 ……おぉ、もしや、これが獣人っていうヤツか。


「あ、そうそう。忘れてた」

「おいおい、それはねぇんじゃねぇか、パメラよぉ」

「うるさいわね。まさか、こんなところで、あんたと会うとは思わなかったわ」

「それを言うなら、俺の方だよ。よぉ、ニコラス、相変わらず、美人だな」

「……俺がそれ、嫌がってるのわかってて言ってるよね」


 そう言いながら、苦笑いするだけのニコラス兄様。三人が顔見知りで、そこそこ仲がいいというのが窺える。

 それにしても、獣人というから、顔も獣みたいなのかなって勝手に想像してたけど、顔は人と変わらない。浅黒い肌に彫りの深い顔が、アラブな感じで、かなりのイケメンの部類に入ると思われる。それなのに、スカイブルーの瞳が妙に印象的だ。


「ミーシャ、こいつは、私たちと同じAランクの冒険者、ヘリウスっていうの」

「ずいぶんと小さいポーターだな」

「私たちの義妹よ」

「はぁっ!? どういうことだよ!?」

「『クリーン』!」


 ……三人が勝手に盛り上がっているところで、私の方が耐えられなかった。

 臭い、臭い、臭いのよっ!


「あ……ありがとな」

「うむ。で、ヘリウスさんが、この冒険者たちのリーダーでいいのかな。この、使えないボンボンを除くと」

「あ、ああ……そうなるな」


 そう言って、困ったような顔で、ボンボンへと目を向ける。子供の私の辛辣な言葉に、引いてる感じ。いや、でも、言ってもいいと思うのよ。こいつには。


「遺体の方は、どうするの? よければ、私が運ぶけど」

「ミーシャ」

「そこまでする必要はないよ」

「うん……でも、こういうの見ちゃうと」


 さすがにバラバラ死体は勘弁だけど、そうじゃない人とかは、可哀相な気がして。特に、こんな馬鹿のせいで、と思うと余計に。そして思い出す。獣人の子供のポーターの子のこと。


「そういえば、エリオット様、うちのチビを知りませんか」


 エリオット、というのが、このボンボンの名前なのか。そして、チビ、というのは、もしかして。ジロリと見ると、ボンボンの身体が小刻みに震えだす。


「……そのチビって、もしかしてポーターの子?」

「ああ、そうだ……って、なんでお前が知ってるんだ?」


 不思議そうに言うヘリウス。


「これが、投げ捨てたらしいよ?」

「……は?」


 ヘリウスが完全に固まった瞬間だった。


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 ※ヘリウス:『伯爵令嬢はケダモノよりもケモミミがお好き』に登場

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