第257話

 森の家に戻って、すぐに地下の調薬の部屋に向かう。ライトの魔法で部屋を明るくして、薬棚の鎮静剤を探す。


「えーと、確かこの壺の中がそうだったよね」


 壺の蓋の上に描かれた魔法陣。これが劣化を抑えている。なんとも便利である。その蓋を開けると、微かに甘い匂いがする。これが鎮静作用をもたらしている薬草独特の匂い。後味が苦くても、その甘さに騙されて飲んでしまうのだ。小さな小分けの壺に、薬を入れて蓋をする。これ、普通は一日一回、お茶に一滴で十分だけど、あの奥さんの調子じゃ、二、三回飲まないと効かなそう。


「とりあえず、これでいいかな」


 私のアイテムボックスに壺を入れて、ライトの魔法を消すと一階へと戻る。

 こっちは、相変わらず天気がよくない模様。サーッという雨音が聞こえる。カーテンの隙間からそっと外を見てみると、ちょうど誰かが家の外に馬車を止めたみたい。


「ゲイリーさんたちかな?」


 庭の畑でも見に来たのか、と思ったら、グレーのローブを羽織った人影が見えた。大柄なのが三つに、小柄なのが二つ。家の柵の周辺をウロウロしている。連中は庭の中に入ろうとしているようだけど、結界が張られていることに気付いたのか、コンコンと結界のある辺りを叩きながら、何かを探している。どこかに開いているところでもないかと思ってるんだろうか。

 そんな隙など作る私ではないんだけどね。


「……まさか」


 地図情報を開いて見ると、案の定、薄っすらピンクの点が五つ。そもそもゲイリーさんたちだったら、こんな色になんかならないし、あんな確認なんかしなくても入れる。

 グレーのローブっていうだけで、新興宗教の連中だとは限らないかもしれないけれど、こんな魔の森の中にまでやってくるなんて、普通じゃない。

 結界が張ってあるので入ることは出来ないから、よかったけれど、この人たちの目的はなんなのだろう。


「これじゃ、しばらく、森の家にも戻って来れそうもないじゃないのよ」


 せっかくの癒しの場へ不躾に入りこんできた連中の姿に、不機嫌になる私。


『消してやろうか?』


 物騒なことを簡単に言ってしまう、風の精霊王様。本当に簡単にやってしまいそうで怖い。


「いえ、どうせ、中には入って来れないし」

『あれらは、あの新興宗教の奴らだ』

「あ、やっぱり、そうなんだ」


 連中の側に風の精霊がふわふわと漂って監視しているらしい。ここからはわからないけれど、どうも、『聖女』の隠れ家じゃないか、という噂を耳にして、この場所を確認しにきたようだ。


「誰よ、そんな噂流したヤツ」

『フフフ、人とは噂話が好きだからなぁ』


 自分たちで人に噂を広めるようなことはしないけれど、その噂話を好んで聞くのが、風の精霊たちの特性なのだそうだ。 


『村でも、大きな声では言われてはいないが、皆が知っているようだぞ』

「マジかぁ……」


 人の口には戸が立てられないって言うし、こんな田舎じゃ、噂話が体のいいバラエティみたいなもんなのだろう。

 カーテンの隙間から、風の精霊王様と一緒に覗き見る。


『あの手の連中は、しつこいぞ』

「知ってる~」


 ため息をつきながら、カーテンを閉じる。


「くそー! 庭の手入れとかしに来るつもりだったのにっ」

『いいじゃないか、変化で別人になって見せればいいことだ』


 風の精霊王様が呆れながら、そう言う。


「……あっ」


 言われてみれば、その通り。なんか、毎回、こんなのばっかりだな。


「そうか。そんな素直にいつもの自分でいる必要もないってことだわ」


 しかし、今は雨が降ってるし、そんな中に出る必要もない。そもそも、早い所、戻らなくちゃならないのだ。


「後で、ヘリオルド兄様にも伝えなきゃだけど、まずは船に戻らないとね」

『よし、さっさと戻るぞ』


 風の精霊王様の一声で、私たちは森の家から、音もなく消えたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る