第258話
無事に船室に戻って、すぐ、鎮静剤の入った小瓶をニコラス兄様に渡す。
「とりあえず、一日一回、普通は一滴で十分だけど、あの奥さんのことだから、小さじ一杯くらい入れてもいいかもね……まぁ、それは冗談として、様子を見て、増やすなり、減らすなり、してもらえばいいかと。でも、あんまり大量には飲ませないで、って伝えておいて」
「あいよ」
さっそくお隣さんに行って渡してきてくれた。閉めたドア越しなのに、ご主人の感激の声が聞こえてくる。あんまりうるさくすると、そろそろ、奥さん、起きちゃうかと思うんだけど……。
『……っ!? ――……っ!!』
あ、騒ぎ出した。
それと同時に、ニコラス兄様が慌てて戻って来た。
「うわ、おっかな~っ」
「兄様、どうしたの?」
「あの奥さんが、起きだした途端、何か投げてきた」
……怖いわ~。
よく夫婦喧嘩で物を投げるシーンとかドラマにあるけど、まさか、本当に投げるとか、ありえないわ。それも、船室の物とかだったら弁償モノじゃないのか、と、ご主人の方が心配になる。
それから私は、双子に森の家での話をした。途端に二人とも、不機嫌そうになる。
「兄上は何をやってるんだ」
「さっさと、リンドベルの領地から、排除してしまえばいいのに」
「後から後から、湧いて出てるんじゃ、キリがないんじゃない?」
二人ともが、苛々しながら船室を歩き回っている。むしろ、彼らの方にこそ、鎮静剤を渡した方がよかったのかしら。
新興宗教の連中の思惑が何なのか、と思っていたら、風の精霊王様から情報が。
『どうも、帝国にいたあの偽聖女が、オムダルの方に逃れたらしい』
フワフワと浮かぶ風の精霊王様。偽聖女……アイリス・ドッズ侯爵令嬢。帝国で噂を聞かなかったけれど、オムダルの方に行ってたのか。その彼女が、私を探し出すように言っているらしい。見つけ出して、どうしようと言うのだろう。
『アレに相当恨まれているようだな。美佐江』
「えっ!? なんでよ。私、彼女に何もしてないよね」
『帝国で大々的に『聖女』として王子に祝福を授けたではないか。あの者は自分が真の『聖女』だと思っておるのだ。自分ではなく、美佐江が授けたことが許せないのであろう。あの者にとっては、お前の存在自体が邪魔なようだぞ』
「何、それ」
別に、それぞれの宗教ごとに聖女がいてもいいんじゃないか、と私は思うんだが。
そもそも、彼女にある能力って、治癒程度じゃなかった? いまだに、彼女を『聖女』として扱うのに若干の疑問を感じている私。
『何より、帝国から逃れるはめになったのも美佐江のせいだと思っている節がある。誰かに唆されているのかもしれんがな……例えば、教主あたりに』
ギラリと目が光る風の精霊王様。ミニチュアサイズだから、そんなに迫力はないんだけど。
結局は、彼女も新興宗教の旗印として、担ぎあげられているということなのかもしれない。だからと言って、私に恨みの矛先を向けるのはやめてほしい。
『……今度はオムダルの王室に、偽聖女を潜り込ませたいようだぞ。あの教主』
「あー、あー、あー、知りませんー、聞こえませんー」
両耳を手で塞いで、風の精霊王様の言葉をスルーする。
……私を巻き込むことなく、勝手にしてください、と言いたいわ。
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