第259話

 いい加減、朝から疲れたので、ヘリオルド兄様にはお手紙対応にすることにした。もう、海の上なのだ。これ以上、彼らが私に何か出来る訳もない。

 確か、レヴィエスタの国王の奥さんは、オムダル王国出身だったはず。とりあえず、新興宗教絡みの情報だけでも伝えておくべきかもしれない。私の手紙を持った伝達の青い鳥は、あっという間に飛んでいった。

 隣室の騒音は、しばらく続いていたようだけど、そのうち静かになった。薬が効いたのか、他の要因なのか。隣の奥さんが落ち着いてくれれば、船旅は随分と穏やかなものに変わる。


 天候はよく、波もそれほど高くない。酔い止めを飲まないという選択肢はないけれど、飲まなくても大丈夫そうだと思うくらいに、長閑な船旅に、私ではなく、双子の方が早々と飽きてきていた。


「ねぇ、ミーシャ、もう三日にもなるんだからさ、森の家、行ってみない?」


 最初に言い出したのはパメラ姉様。この美女は、どうして、こうも脳筋なんだろう。


「そうそう。あの新興宗教の奴ら? えーと、ハロイ教だっけ? あいつら、まだいるか見に行こうよ」


 見に行ってどうする。

 一応、ヘリオルド兄様からは、領内の巡回を厳しくしたという話は聞いている。特に、あの村には、前にはなかった、領主直轄の駐在所みたいなのも置いてくれたらしい。この間の連中は、領外の冒険者を護衛として雇っていたようで、この前の地図には浮かばなかったのは、私に敵対する意図がなかったからなのだろうか。 


「えー、メンドクサイデス」

「そう言わずにさぁ」

「ミ~シャ~」


 二人がかりで、もみくちゃにしにくるとは。勝てる訳がなかろう!

 仕方がないなぁ、なんて諦めそうになった時。


 ――カンカンカンッ、カンカンカンッ


 鐘を叩く甲高い音が聞こえてきた。


「な、何!?」


 慌てたのは私だけ。双子はすぐさま、各自の部屋に飛び込んで、自分の武器を手にして現れた。パメラ姉様は長剣を、ニコラス兄様は魔石の埋まった長い杖。

 

「よーし、一暴れしますかねっ」

「いやぁ、森に行ってなくてよかったよ」

「ね、ねぇ、なんなのよ、二人とも」


 ご機嫌で部屋から出て行こうとする二人の後を追いかけようとすると、ニコラス兄様が振り向いて、私をそのまま押しとどめた。


「あれはね、海賊が来たぞ~っていう鐘。魔物とかだと、カーン、カーン、カーンっていう感じになるんだけどね」 

「え、マジで。まずいじゃん」


 対人戦なんて、私の記憶にあるのは、初めてイザーク兄様たちと出会った時の盗賊の時くらい。今回は海賊だけど。もう、海賊が出るような海域に来ていたということなんだろうか。船室の窓から外を見るけれど、こちら側からは、海賊船らしき姿は確認出来ない。


「うん、だからミーシャはこの部屋で結界張ってて」

「でも、二人ともっ」

「いやだ、ミーシャ、忘れてる? 私たち、A級よ」

「わかってるけど」


 二人ともがワクワクしちゃってるのも、目に見えてわかる。一応、精霊王様たちに護られているとはいえ、足手まといになるだろう。


「もう……仕方ないな。とりあえず、『身体強化』の魔法はかけさせて」

「ありがとっ!」

「私たちが出たら、すぐに結界よ?」

「はいはい」


 魔法をかけおわると、二人は一気に飛び出していく。ドアが閉まると同時に、結界を張る。


「水の精霊王様」

『フフフ、わかってるわ。二人のお手伝い、してきてあげればいいんでしょ?』


 今日の私の護衛担当は水の精霊王様。ミニチュアサイズではなく、リアルサイズの美女で登場。


「すみませんねぇ」

『美佐江の大事な家族ですもの』


 改めてそう言われると、本当にそう思う。だからこそ。


「お願いしますね」


 私の言葉に、水の精霊王様は優しく微笑んで、目の前から消えて行った。

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