第345話

 イザーク兄様は彼女の言葉を完全スルー。さすがだ。

 彼女の方はまさか無視されるとは思わなかったのか、固まっている。

 その隙に私たちは馬車の後部に回り込んで、ドアを開けてみた。奥には商品となる荷物が木箱に詰められ、積まれている。ほぼ隙間なく積んでいる様子は、なかなか圧巻だ。そして倒れないようにと、仕切りの板や、太い縄などで支えがされている。


「上手いものね」

「そうだな……我々じゃ、こうもいかないだろう」


 私とイザーク兄様は感嘆しながら、馬車へと乗り込む。

 それぞれが背負っていたリュック(といっても、見せかけの荷物だけど)を置くと、両サイドについていた、あまり大きくない窓を開けてみた。外の方が若干涼しい空気だ。

 座席に座ってみると、さすが大手の商会だけある。椅子は革張り、クッションもきいている。貴族でもここまでいいのに乗っているのは、そう多くはないだろう。見かけ以上に随分とお金をかけた馬車を用意してくれたようだ。

 同乗させてもらうにしても、ある程度のお金を払うつもりではいたが、予想よりも多めにしないといけないかも。一応、イザーク兄様も護衛として勘定してもらってもいい、とは言っていたけれど、それにしても、割に合わないだろう。


「ヤコフ様っ!」


 甲高い女の子の声が耳に入り、外を見ると、めんどくさそうな婚約者候補が、ヤコフを何やら責め立てているように見える。それを苦笑いしながら宥めているヤコフ。あれも、客商売の訓練の一環なのか、とか思ってしまう。

 結局、彼に宥められながら、婚約者候補が商会の建物の方に連れていかれていくのが見えた。あんなのが相手じゃ、ヤコフもかわいそうに。かなり苦労しそうなのが目に見える。

 気が付くと、もう一人の幼馴染らしき女の子が、彼らの後ろ姿を寂しそうに見つめていた。


「……青春だねぇ」

「うん? どうかしたか?」

「いや、なんでもないよ」


 人の恋路を邪魔するつもりはないけれど、気になってしまうのは、おばちゃんの性だろうか?


「イザーク様、ミーシャ様、そろそろ出発いたします」


 若干疲れたような顔のヤコフが戻ってくると、馬車のドアから顔をのぞかせて声をかけてきた。


「お疲れ様。じゃあ、お願いしますね」

「はい」


 ヤコフがうっすらと笑みを浮かべてドアを閉めた。

 再び外を見ると、幼馴染と話しているヤコフの様子に、再び、青春だなぁ、と心の中で呟く。彼女がすごく心配そうな顔で話しかけているのに、どこか呑気な感じで話しているヤコフ。彼女の気持ちに気付いてもいないんだろう。

 まったく、罪作りな男だことだ。

 一度、根掘り葉掘り聞いてみたい、と思ったのは言うまでもない。


****


2021年9月25日から、『がうがうモンスター』にてマンガが連載開始しております。

アプリでのみ閲覧できます。よろしくお願いいたします。


▼WEB(紹介のみ)

https://gaugau.futabanet.jp/list/work/60f7c7a27765619198000000


▼アプリ

https://gaugau.page.link/title-755


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る