イニエスタ・マートルの焦燥

 聖女様がいなくなって一週間。たったそれだけの期間で、魔の森からの魔物たちの動きがじわじわと活発になってきていた。王都の近くといっても、間に側妃の一人であるマリエッタ様(第二王子の母君)の父君、カシウル公爵の領がある。今はなんとか領内でおさまってはいるが。


「まさか孫が聖女召喚をやらかしているとは、ご存じないだろう」


 苦々しい思いでコツコツとテーブルを叩きながら考え事をしていると、執務室のドアがノックもされずに勢いよく開かれた。

 現れたのは、くだんの第二王子。私は自分の椅子から立ち上り、頭を下げる。


「マートル! 新しい聖女はまだかっ!」


 そんな私のことなど目も向けずに、鼻息荒く、聖女を求める言葉を吐く。

 本来ならば、ご自身のことしか考えていない第二王子を諫めるべきなのだろうけれど、何度申し上げても、聞く耳を持ってくださらない。漏れそうになる溜息を飲み込む。


「申し訳ございません。只今、魔物の討伐が優先されているため、召喚の儀を行える魔術師たちが足りません」

「何、魔物など、冒険者どもにでも任せればよいだろう! 聖女さえ呼べれば、そんなもの、どうとでもなる!」

「ですが、先日お呼びした聖女様がまだ……」

「見つからないのであれば、勝手に戻ったのであろう、そうでなければ、とっくに見つかってるはずだ!」


 確かに冒険者ギルドにも捜索の依頼を出しているが、まったくそれらしい情報は上がって来ない。かといって、勝手になど戻れるわけがないのだ。申し訳ないことに。


「とにかく、魔物討伐より聖女召喚だ! マートル!」


 それだけ言うと、さっさと出ていかれた。

 母君も直情型の傾向がある。カシウル公爵家の血のなせるわざなのか。私自身にもカシウル公爵家の血(母が現公爵の妹)が流れているだけに、疑問ではあるが。

 どさり、と自分の椅子に腰を落とす。


「……マートル様」


 いつの間に現れたのか、私と同じ黒いローブを着た部下が一人、ひそりとドアのところに立っていた。


「どうした」

「はい……魔物の移動の動き方から、聖女様は北上されているのではないか、との報告が上がってきております」

「何?」

「冒険者や乗合馬車の御者などの報告でも、魔物との遭遇率が下がり、移動時間が短くなったとの噂が」

「まさか……しかし、北上などと……どちらに向かわれようというのだ」

「……さすがに、そこまでは」


 私は再び立上り、窓の外に目を向ける。

 このまま、聖女様を探し、連れ戻したとしても、あの第二王子のこと、その場で殺されてしまうかもしれない。だが、あの方が生きている限り、新しい聖女を召喚することも出来ない。

 ……しかし、もしかしたら。

 目を閉じ、大きく溜息をつく。


「……急ぎ、手の空いている者を街道沿いの町に向かわせろ。聖女様を見つけ次第、眠らせて王都へとお連れしろ……その時は、けして第二王子に気取られるな」

「……はっ」


 返事とともに、姿を消す部下。

 聖女様は、どこまで行かれてしまったのか。そもそも、どのようにして王都を出られたというのだろうか。


「お会い出来たら、その話も聞いてみたいものだ……」


 私は再び自分の椅子に座る。

 万が一にも、国境を越えられて他国に奪われてしまってはまずい。ペンを手に取り、隣国との間に置かれている砦につめる友人へと、焦る気持ちを抑えながら手紙を書き始めた。

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