第38話

 ゲールと呼ばれたスキンヘッド。あの短時間でどんだけ強い酒を呑んだら、ここまで酔うかな。そのまま私に絡んでくるかと思ったら、スキンヘッドはカウンターの方に近寄っていく。


「キャシーは、どこだぁ」


 何しに来たのかと思えば、お気に入りの受付のお姉さんがいないか、見に来たらしい。ジロジロと受付の奥の方を覗き込もうとしてる。

 ここ、冒険者ギルド。キャバクラじゃないでしょうが。

 というか、誰も止めないの? この人のこと。


「彼女は今日は休みです。というか、いい加減、あちらに戻った方がいいのでは?」


 赤毛のお姉さんの淡々と注意する姿に、ちょっと尊敬。

 スキンヘッドは不満そうに鼻を鳴らして、酒場に戻ろうとした時、まるでついでのように私の頭に拳を落とそうとした。


「うあっ……?」

「……おいおい、あぶねぇなぁ」


 女子(中身はおばさんだけど)らしくない声が出てしまったのは、ご愛敬。ヤバイ、と思って腕で頭を守りつつ、結界を張ろうとする直前、ちょいと低音のいい感じの声が聞こえた。


「んあっ!? い、いててててっ!」


 こっそり目を上げてみると、黒っぽい服装をした三十代くらいの男の人が、スキンヘッドの腕を捻りあげてた。みかけはスキンヘッドなんかよりも細いのに、抑え込んでる。なんか、こういうシーン、見たことあるぞ。ちょっと、昔見た時代劇みたいだ。二人の格好は完全に、ファンタジーなんだけど。


「大の男が、ガキ相手に八つ当たりしたら、いけないなぁ」


 呑気に言うセリフが、ハマってる。もう何度も言ってるセリフなんじゃないのかな、と思うくらい。ちょっとカッコいいじゃない、と思って、もう一度チロリと見て……血の気が引く。もしかして、この人……昨日、乗合馬車のところにいた人じゃないか、と。

 逃げなきゃ。

 ドキドキしながら周囲を見渡す。みんな、私なんかよりも、目の前の男のほうを見てる。逃げるなら、今しかない。壁際に寄って隠蔽スキルを発動した私は、ギルドから逃げ出すためにそろそろとドアに向かう。


 男は、ほれっ、と軽くスキンヘッドを床に転がした。


「くそっ、覚えてろ」

「いちいち覚えてられるかよ」


 パンパンと埃を払うかのように手を叩いて、私が立っていたと思われるところに振り向いた時には、当然、私は立ってなどいない。


「あ、あれ?」


 男が訝しがる声が背後で聞こえる。


 まさか、まだ、あの男がいるなんて思わなかった。ちょっと、ギルドに行くのは止めておこう。明日、色々と買い物したいと思ってたのに。目立たないように動かなくちゃ、と強く思いながら宿へと向かった。

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