ケチのついた公爵の行きつく先(1)
なぜ、こうも上手くいかない。
深夜、カリス公爵は、薄暗い書斎で書類の山に囲まれながら、歯噛みしていた。
男子を産むことなく死んだ元妻には、がっかりさせられることばかりだった。せいぜい、長女のマルゴを産み、第一王子は無理ではあったが、第二王子の婚約者につけさせたことくらいしか、評価に値しない。政略結婚でよかったことといえば、公爵にとってはそれぐらいしかなかった。
それのせいで、最愛の妻と娘との時間が割かれていたことのほうが、辛かった。今では二人が手元にいるから、安心だと思っていたが……最愛の娘の我儘……けっして嫁がせるつもりも婿に入れるつもりもない相手であるリンドベル家の若造に、懸想しているなどと、呆れるしかない。
最初にケチがついたのは、王を呪い殺すのを自称聖女と教会に阻まれた時だ。
国王が倒れた後、まだ若い王子たちであれば傀儡にして、自分が裏で操ろうと思っていた。しかし、そうは簡単にはいかなかった。王家のほうでも黒幕を探していたようだったが、幸いなことに公爵のところまでは辿り着くことはなかった。
次に第二王子を、帝国の聖女と結ばせようと、婚約者となって側にいる長女に呪いのブレスレットをやった。しばらくは上手くいきそうであった。しかしそれも見破られたのか、第二王子の反応はむしろ長女を溺愛し、娘は王宮に止め置かれるようになってしまった。せっかく、帝国から手に入れた高額な物だったというのに、大して使えなかったことが腹立たしい。
それならそれでと、第三王子にターゲットを変え、帝国の聖女を近づけようとした。しかし、この聖女自体が使えない上に、すでに第三王子には想い人がいるという噂まであった。
その相手を調べてみれば、たかだか子爵令嬢。自国の者では足がつくと、帝国の魔術師を使って、徹底的に調べて行けば、その娘に『魅了』の能力があったことがわかった。それならば、その娘を使えばいいと、父親である子爵を経由して能力を増進する腕輪を渡してみたまではよかった。何を勘違いしたのか、他の子息たちにまで手を伸ばす始末。それをきっかけに、再び教会がしゃしゃり出てきてしまった。
「……子爵一家を始末せねば」
「いや、もう、それも遅いかもしれませんな」
「だ、誰だっ!?」
公爵一人しかいないはずの書斎に、しわがれた男の声が響いた。人影など、まったくない。
「……悪いが、我々は、手を引かせてもらいますよ」
「帝国のっ!? な、なぜだっ」
「そんなのは、わかりきったことでしょう……ほら、貴方も急いだほうがいい……すぐに王宮から使いの者がやってきますよ」
その言葉を最後に男の声は消えた。
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