ケチのついた公爵の行きつく先(2)

 薄暗い部屋の中、公爵は呆然としている。


「まさか……まさか……」


 そう呟きながらも、公爵は身体を震わせながら、机の引き出しから、公爵の印章を取り出す。


「我が公爵家は……生き残るっ」


 暗闇を睨みつけながら、そう言い切ると、太った身体に似合わず、素早く動き出す。隠し金庫からあるだけの金と宝石、権利書関係を大きなバッグに突っ込んでいく。眠っていた妻や執事たちを叩き起こし、他の荷物をまとめさせ、馬車に乗り込んだ。


「貴方、どこへ行くというの」

「……まずは我が領を経由して帝国へ抜ける。そこから先は、ついてから考える」

「エミリアは……エミリアはどうなりますのっ!?」

「それどころではないわっ!」

「貴方っ!」


 悲壮な妻の叫びを無視し、目を血走らせた公爵は、強引に御者に馬車を走らせることとなる。





 月明りの入って来ない深い森の中、スピードを上げ過ぎた馬車が、ちょっとした石で車輪が跳ね上がるのは容易なこと。静寂な森の中、無紋の黒い馬車が盛大な音をたてて横転する。


「きゃぁぁぁっ!」

「うおっ!?」


 横転の勢いで、頭をぶつけて気を失う妻。公爵は、額から血を流しながらも、馬車のドアを開け、外に出る。馬車の脇に、勢いよく飛ばされたであろう御者の身体が横たわっている。


「おい、ケヴィン、起きろっ!」


 ケヴィンと呼ばれた御者は、うんともすんとも言わない。意識を失っているのか、すでに息絶えているのか、公爵はその確認をする余裕もない。


「くそっ」


 額の血を拭い、横転した馬車に身体をよりかからせ、大きくため息をついた時、公爵の視野に何か光るモノが入った。こんな夜中に、灯りが? それは一瞬でしかなかったが、公爵は目を眇めて、その先へと目を向ける。


 ガサッ


 木々の間から現れたのは……ゴブリンたちだ。光ったのは、木々の隙間から漏れた月明りに反射した、ボロボロになった彼らの武器。かつて冒険者か何者かから奪ったのだろう、使い古された剣だった。


「ひぃっ!?」


 公爵の引きつった叫び声に、ゴブリンたちはニヤリと笑う。


「よ、寄るなっ! く、来るんじゃないっ!」


 腰に下げた剣を抜きはなったが、年をとり、まともな訓練もしていない公爵。そもそも前線に出たことすらない者に、剣で魔物を斃せるわけもない。魔法にしても、恐怖の方が上回り、まともな詠唱が浮かばない。


「来るな、来るなぁぁぁぁっ!」


 ギャァァァァァァ!


 真っ暗な森の中、公爵の甲高い叫び声だけが、響いた。





 残されたのは破壊された馬車と、その中に残された金品だけ。翌日、その残骸を見つけたのは、公爵を捕縛するために追いかけていた近衛騎士たちであった。

 カリス公爵家は、夫妻のと処理された後、急遽、長女マルゴが跡を継ぐことになる。そして、そのまま第二王子ヴィクトルが入り婿となり、新たなカリス公爵となった。

 そして、もう一人の娘であるエミリアは、両親の死のショックから、しばらく寝込むことになる。そして、目覚めた時には……小さな子供のようになってしまっていた。

 母方の親戚などを探したものの、その手がかりになるような物もなく、結局、そのまま修道院へと送られることとなった。

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