初恋を失った王子の嘆き

 どうしてこうなった。

 第三王子リシャールは、自分の寝室の天井を見上げながら、涙に暮れていた。


 学園に入学してからずっと、友達以上恋人未満であった、ルーシェが、まさか『魅了』をもって自分を陥れようとしていただなんて、信じたくはなかった。実際、そんな必要もないくらいに、自分はルーシェを愛していたのに。

 隣国の『聖女』を名乗る女が来ようとも、自分の国の聖女との偽の婚約話でもって無くそうとした。それは子爵令嬢の名を出してしまえば、彼女がかっこうの餌食となってしまうから。聖女であれば、リンドベル辺境伯がいる。どうってことはない、と思った。(おかげで、本人から文句を言われてしまったが。)

 彼女を大切に思うからこそ、最後の最後まで守りたかった。だから、婚約者候補のリストに載せることが出来て、安心してしまったのがいけなかったのか。


 最近、彼女の周りに自分の友人たちが集まっていると思ってはいた。まさか、彼らにまで『魅了』を使っていたなんて、思いもしなかった。実際、教会の者から話を聞いても、納得できなかったし、自分がその影響下にあったなんて、思いもかけなかった。

 しかし、彼女と離れ、時間が経つにつれ、自分が段々と冷静になっていくのがわかる。また友人たちも、同じように隔離され、気持ちの変化が起きたという。恋人や婚約者を蔑ろにしていた者たちが、まるで、夢でも見てたかのように正気に戻ったというのだ。


 『魅了』は、対象者にかけ続けなくては意味をなさないものだというのを、この時、初めて知った。自分の想いは自然な発露ではなく、彼女と共にいたからこそ起きた気持ちだったのか、と、自分の心すら、信じられなくなった。


 寝室のドアがノックされる。リシャールが返事をせずにいると、再びドアがノックされる。


「なんだ」

「失礼いたします」


 入って来たのは、従者の一人。共に学園に通っていた者。彼は彼女の影響は受けなかったようで、今も、リシャールとともにいる。しかし、今の無様な自分の姿を見せたくなくて、ベッドに横たわったまま、背を向ける。


「どうした」

「はい……聖女様より、お届け物が」

「聖女? どっちのだ」

「はっ、リンドベルにお住まいの……」

「……そこに置いておけ」


 帝国からのだったら、そのまま捨ててしまえと言う所だった。

 従者が部屋から出て行ってから、リシャールはベッド脇に置かれた物に目を向ける。


「なんだこれは」


 綺麗な布の巾着袋。手に取ったその袋の中身は、カラフルな飴玉で満たされていた。リシャールの元に届いている時点で、すでに毒見もされている。一つだけ取り出して、口に含んだ。


「……甘酸っぱい」


 その甘酸っぱさは、どこか懐かしさを感じさせるものであり、出会った頃のルーシェの姿と被り、王子の胸を苦しめる。


「ルーシェ……」


 ポツリと呟く王子の掠れた声は、誰にも届くことはなかった。

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