閑話

驕った子爵令嬢の悲哀

 どうして、こんなことになってしまったんだろう。

 薄暗い狭い部屋の古びたベッドに腰を掛けて、悲嘆に暮れているのは、ルーシェ・プレスコット子爵令嬢。

 愛しい第三王子、リシャールとの幸せな日々が続くと思っていた。

 あの日、父親から、あんな腕輪さえ貰わなければ、と、悔やんでも悔やみきれない思いで、涙を零す。


 学園に入学した当初、リシャールとは同じクラスになった。とても穏やかな性格で、身分や性別に関係なく、誰にでも屈託なく接する姿に、似た者と感じ、すぐに仲良くなった。

 それから三年、互いに思いを寄せながらも、友達以上恋人未満だったのは、結局は王子と子爵令嬢という身分の差。それでも、共にいたいという思いは、互いに口にしなくても伝わっていたはずだった。

 そんな時、婚約者候補として隣国の侯爵令嬢が留学してきた。

 どうして心配にならずにいられようか。自分よりも身分も高い。隣国では聖女と噂され、後ろ盾にはカリス公爵までついているという。不安で不安で仕方がなかった。


 そんな中、自分に『魅了』の能力があることに、気が付いてしまった。

 気付いたきっかけは、始めは些細なことだった。

 王子に頼みごとをする時に、いつもなら駄目な時は駄目という人だったのが、いつからか、無理を聞いてくれるようになった。他の女生徒と話をしている時、嫉妬にかられて背中に手を触れただけで、話の途中であっても、自分に振り向いてくれるようになった。

 その時に、自分の手からピンク色の靄が王子に流れ込んでいるのに気付いたのだ。不安に思いながらも、自分中心に動いてくれることが、とても嬉しくて、それを実家の母親に手紙で伝えてしまった。

 母親はそれをそのまま父親にも伝えてしまった。自分の娘に『魅了』の能力があるなどと、知る人が知れば、修道院行きにされる。しかし、そんなものは、誰にも言わなければ、わかりはしない。そう、高をくくっていたが、それを許さない相手がいた。


 ――カリス公爵だ。


 子爵の元にカリス公爵の使いが現れてからは、あっという間だった。

 懐柔された子爵から、娘に送られた腕輪。それはその者の能力を伸ばす力を有した魔道具。そんなこととは知らない子爵令嬢は素直に喜び、毎日その腕輪をつけ、一層、王子に魅了の魔法をかけ続けた。

 それでもできたのは婚約者候補のリストに、自分の名前を載せることだけ。なぜ、自分を婚約者にと強く言ってもらえないのか、それが悔しくて堪らなかった。そして、そんな愚痴を王子の友人たちに、こっそりと言ってしまう。そんな彼らに『魅了』の魔法を無意識に使っていた。

 そして気付く。触れればどんな男性でも、自分に好意を寄せてくれることに。

 甘く囁き、慰め、自分を唯一の存在かのように扱ってくれる。その男子生徒に恋人や婚約者がいようとも、優先されるのが自分。今までそんなことがなかったからこそ、そのことに有頂天になってしまった。

 王子はそんなことをしなくても、自分に思いをよせてくれていたというのに。


 ――どうしても、彼のそばにいたかっただけだったのに。


 どういった経緯で、自分の『魅了』のことがバレてしまったのか。ルーシェにはわからなかった。





 呆然と宙を見上げ、ただ、もう二度と、最愛の人と会えないことだけはわかった。

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