第238話

 赤ん坊がいる家は、朝から賑やかだ。

 久しぶりの赤ん坊の存在に、大の大人たちが、泣き声が聞こえれば、アタフタし、笑い声が聞こえれば、大喜びし、見ているこっちが呆れるくらいだ。

 朝食で集まった家族たちの、こんなに幸せそうな姿を見ることが出来て、私も心の底からホッとしながら、そんな中にいるイザーク兄様に気付いて、問いかける。


「そういえば、なんで、イザーク兄様がいるの?」


 その言葉に固まったのは、イザーク兄様本人。


「あっ」


 ……何かを思い出したのか、声が漏れるイザーク兄様。顔が青ざめているけれど、大丈夫なのか。


「あー、いや、今ではなく、後で……」


 なんとも歯切れの悪い感じに、皆の視線が鋭くなる。


「イザーク、なんだ。昨日は、お前が来て早々、ジーナが産気づいたから聞いてやれなかったが、今でも構わないぞ」

「あ、いえ、兄上」

「皆の前では話せない内容か」

「そういう訳では……」


 ヒンヤリした空気に負けたのか、イザーク兄様が溜息をついてから、私の方に目を向けた。その申し訳なさそうな感じに、嫌な予感しかしない。

 それからヘリオルド兄様の方へと目を向けた。


「国王陛下より、『聖女』ミーシャへのがありました」

「ミーシャに?」

「はい。『聖女』ミーシャに、王都の教会の方で、癒しの力を振るってはもらえないかと」

「何」


 最初に反応したのは、エドワルドお父様。その声の圧に、さすがのイザーク兄様もビクッとする。


「教皇様からも、お言葉はいただいておりますが、あくまでミーシャの意思で、とのこと。また、国王陛下もではなく、あくまでであるとのことです」

「……その真意は?」


 ヘリオルド兄様も怖い顔。手にしていた固めのパンが、ぽきりと折れる。


「……新興宗教であるハロイ教が、最近のリンドベル領内での活動が活発になっていることを危惧されております。また、そのハロイ教の総本山が隣国のオムダル王国にあることも、懸念されておりまして」


 そう言われれば、確かにオムダル王国はリンドベル領に接している。互いに友好国でもあるから、入出国は容易でもある。以前の『偽聖女』絡みは帝国からの話だったから気にもしなかったけれど、言われてみて不安になる。

 私自身が、というよりも、このリンドベル領が。

 ヘリオルド兄様とイザーク兄様は、硬い表情で話を続ける。


「一時、精霊王様方に、ある程度、力を削いで頂いたかと思うが」

「……はい。ですので、王都の方がより安全かと」

「我らにはミーシャを守れぬ、とでも言うのか」

「いえ、けして、そのようなことでは」

「イザーク!」


 うーん、見るからに中間管理職のイザーク兄様。あちらに残した夫のことを思い出す。彼もなかなか苦労していたっけ。


『その王都も怪しいものだぞ』


 突然、ミニチュアサイズの風の精霊王様が現れた。もしかして、さっそく昨夜の報告かしら。


「精霊王様!? それはどういう……」


 ヘリオルド兄様が言い終わる前に、テーブルの上に飛んでいくと、載っていた葡萄から一粒を口の中に放り込む。その様は、なかなか可愛らしい姿ではあるけれど、皆はそれどころではない感じ。ちょっと苛々している空気が伝わってくる。


『ふむ、旨いな……あー、王都の話だったな』


 ふよふよと飛んできて、私の肩の上に載った。

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