第254話

 以前は焦って盗賊以外も眠らせてしまったこともあったけど、さすがに今回はピンポイントに眠らせることができた。内心、ガッツポーズ。

 ご主人は、夫人がいきなり倒れたのでびっくり。


「セシリアッ!?」


 慌てて夫人を抱き起したご主人。でも当然、目覚めはしない。たぶん、一、二時間は寝ててくれるはず。ニコラス兄様も驚いたようだけど、後ろにいた私に目を向けると、ニヤリと口元だけで笑ってる。


「あまり怒り過ぎて、気を失われたようですね。あまり、揺すらない方がよろしいかと」


 私は何食わぬ顔でご主人の側に立って声をかける。私の言葉に、ご主人は顔を青ざめる。


「よくあるんですか?」

「いや、こんなのは初めてだ」

「まずは、お部屋で寝かせて差し上げては」

「あ、ああ、そうだな」


 いつの間にいたのか、彼らの背後から執事のような格好の男が現れて、軽々と夫人を抱え上げた。


「騒がして申し訳なかった。改めて、そちらのご主人にはご挨拶にいかせてもらう」

「……はい」


 ニコラス兄様は、敢えてそこでは名乗らずに、ニッコリと微笑んだ。

 彼らが自分たちの部屋に入ったのを確認してから、私たちも中に入る。


「ふぃ~っ。ミーシャ、助かったよ」

「いやいや、ニコラス兄様こそ、お疲れ様」


 めんどくさそうな相手が隣にいると思うと、ちょっとげんなりだ。


「凄い奥方だったみたいね」


 苦笑いしているパメラ姉様。いつの間にか低いテーブルの上にお茶が用意されている。まだ出航までには時間があるからか、わざわざ淹れてくれたようだ。


「ああ、あれは旦那の方も苦労してそうだ」

「なんか偉そうだけど、あの奥さん、元貴族だったりするのかなぁ」

「可能性はあるかも。よっぽど、自分の商家が凄いって自信あるんだろ」


 ソファに座りながら、アイテムボックスから朝食になりそうな、パンと焼き立てのソーセージ、ボールに入った状態のサラダを取り出した。二人とも嬉しそうに手を伸ばして、食べ始める。


「そういえば、二人とも、あの奥さんの言ってた商会の名前って知らないの?」

「エシトニアの商家はわかんないなぁ」

「帝国の商家ならわかるけど」

「ふ~ん、まぁ、確かに他国のなんて、よっぽどの有名どころじゃなきゃ、知らないよね」


 あちらのことを思い返してみれば、海外のメーカーの名前だって、よっぽどのじゃなきゃ記憶にも残らなかったし。


「でも、あの奥さん、目が覚めたら、またごちゃごちゃ言ってきそうだなぁ」


 けして短い船旅ではないだけに、あんまり、面倒ごとに巻き込まれたくはない。ヒステリーを抑えるような薬か何かでも作って、旦那さんにでも渡してもらおうか。

 そんなことを考えていると、船がゆっくりと動きだしたのか、軽い揺れを感じた。


「あ、やばい。酔い止めの薬、飲んでないや」


 馬に乗る分には酔わなかったけれど、船酔いの方は自信がない。店に出す商品の一つとして、前に作っておいた酔い止めの薬を慌ててアイテムボックスから取り出す。飲み薬のタイプで、甘くしたのは私の力作。それでも、飲んだ後に苦みが多少残ってしまうので、パメラ姉様が淹れてくれたお茶を飲んで口直し。

 三人で食後のまったりとした時間を過ごしていると、部屋のドアをノックする音がした。

 ニコラス兄様がドアを開けると、そこには、先程の商家のご主人が申し訳なさそうな顔で立っていた。

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