第255話

 テーブルの上をさっさと片付けて、商家のご主人を座らせる。先程の執事のような男も一緒だ。もしかして、護衛も兼ねているのかしら? 向かい側には双子が並んで座ってる。並ぶと本当にそっくりだ。

 双子の顔をマジマジと見つめるご主人。そんな中、今更パメラ姉様の美貌に気付いたのか、一瞬見惚れて、顔を赤らめている。奥さんも、そこそこ美人の類ではあったかもしれないけれど、ああも、キャンキャン喚くタイプだと、顔つきもそういう顔になってしまうというか。一方のパメラ姉様は、さすがアリス母様の娘。若さもあるかもしれないけれど、冒険者をやっていようとも、輝く美貌は誰もが見惚れるのはわかる。

 今度は私がお茶を淹れる。それぞれの目の前にティーカップを置くと、部屋の片隅に立つ。何せ、見た目は従者だし、空気になりきるのは得意だ。


「先程はお騒がせして申し訳なかった……ところで、ご主人は……?」

「この部屋は我々三人だけです」

「なんと!?」


 まぁ、確かに、まだ二十歳そこそこの若者と十二歳くらいの子供の三人で、この船室を使っているんだもの、驚くのも無理はない。普通に護衛か何かだと思ってたんだろう。


「し、失礼だが、ご身分をお伺いしても……」


 少し顔を青ざめながら聞いてくるご主人。

 これだけ若いのが、この部屋を使っているのだ。ただの若者ではない、と、普通なら判断するだろう。たぶん、あの奥さんだったら、そこまで頭が回ったか……無理だろうな。


「私たちですか? 冒険者ですけど……A級の」


 一応、双子は揃って金色のギルドカードを出して見せる。それに目を瞠る、ご主人。


「え、A級ランクですかっ!? あの、お名前を伺っても?」

「私はニコラス・リンドベル、こっちはパメラ・リンドベルです」

「リンドベル……どこかで聞いたような……そういえば、先程、レヴィエスタと……」


 それでも思い出せないでいるのか、視線を下げながら考え込んでいる。


「……私の兄がレヴィエスタで辺境伯をやっております」

「へ、辺境伯様でしたかっ!?」

「兄が、ですが」


 ニッコリと微笑んで答えるパメラ姉様。


「た、大変失礼いたしましたっ」


 いきなり立ち上がったかと思ったら、土下座をするご主人。この世界に来て、初めて見たかもしれない。背後にいた執事も慌ててご主人にならって、土下座してる。

 一応、双子は貴族といえば貴族だし、商人の身としては、そうもなるんだろうか。


「ああ、気になさらないで下さい。私たちも、このような格好ですから、誤解されるのもわかりますから」

「い、いや、しかし」

「どうぞ、こちらにお座りになって」

「は、はい……」


 真っ青になって、ダラダラと冷や汗をかいているご主人が、可哀そうになってくる。


「まずは落ち着いて、お茶でもどうぞ」


 ニコラス兄様の言葉に恐縮しながら、お茶に手を伸ばすご主人。ちょっと震えてる。それほど静かとはいえない部屋に、ゴクリと飲み下す音が響いた。


「……なかなか大変な奥方のようですね」


 先に言葉にしたのは、パメラ姉様。それにご主人も困ったような笑みを浮かべると、ポツリポツリと話し出す。

 やはり、予想通り、あの奥さんは元貴族のお嬢様だったらしい。それも伯爵家の末娘ということで、かなり甘やかされて育った方だとか。随分と年が離れていたのも、その伯爵家、このご主人(ボリス・ドルントさんというそうな)の商家にかなりの借金があったとかで、その借金をチャラにする条件で、お嫁さんとして迎え入れたとか。

 ボリスさんは仕事にかまけて婚期を逃していたし、お客さんとして会っていた間は、それほど我儘な女性だとは思ってもいなかったらしい。しかし、実際には、あんなんで。それでもなんとか、結婚生活を十年ほど続けてきたのだそうだ。スゴイ忍耐力だわ。


「この旅行も、毎年恒例になっておりまして……それも、この船室になぜか拘りがあるようで」


 ハンカチで汗を拭うボリスさん。聞けば聞くほど、お気の毒で仕方がない。お子さんもいないそうで、近々、親戚から養子を貰う予定だとか。その前にと、二人で旅行にということらしい。実際には、コークシスでお茶を仕入れに行くついでなんですがね、と苦笑いしている。

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