第288話

 ヘリウスがびっくりして剣の動きが止まる。


「なにっ!? せ、『聖女』だとっ!?」


 脳筋双子が、その隙を逃がすわけもなく、同時に攻撃をしかけようとしたので、私が「やめて」と声をかけるはめになった。

 さすが、王太子の息子、ということなのか。イスタくんは私の目の前にくると跪いて、頭を下げている。


「数々のご無礼、誠に申し訳ございませんでした」


 言葉遣いとともに、態度が急に変わった。彼の中では冒険者ではなく、一王族としての対応に変えたということなのだろう。顔つきが違う。


「……イスタリウス、どういうことだ」


 困惑しているヘリウスに、イスタくんが説明をしはじめた。

 一応、ウルトガ王国でも、レヴィエスタ王国に『聖女』が現れたという情報は得ていたらしい。それも、リンドベル辺境伯の元で暮らしているというところまで把握してたそうだ。

 実際には、最初にいたのはシャトルワースなんだけど、その辺の話までは届いていないのかもしれない。


「双子のお二人がリンドベル辺境伯のご家族と聞いた時に、気が付けばよかったんです」


 リンドベル家のAランク冒険者というのは、獣人の国でも有名らしい。そもそも人族の貴族で高ランクの冒険者自体が珍しいとか。ちょっと自分の身近過ぎて、全然気にしたことなかった。それで、双子が末っ子だというのは、周知の事実で、その下に子供がいるという話は聞いたことがなかったそうだ。それなのに、双子が『義妹』と言っている時点で、『聖女』にまでは思い至らなかったらしい。


「散々、あちこち行ってるくせに、叔父上は聞いたことはなかったのですか」


 イスタくんの、どこか責めるような言い方に、ヘリウスの耳はへにょりと伏せている。子供に怒られている大人の姿は、なんとも……情けない感じである。


「いや、『聖女』の話は聞いていた。でも、話では黒目、黒髪の女性だという話で、でも、こいつ……あ、いや、この方は……そのぉ、女の子には見えないというか……こう、『聖女』のイメージじゃないというかぁ……」


 チロリと私を見るヘリウスの目には、困惑の色が濃い。まぁ、確かに、今の私は精霊王様たちのお陰で、緑の目にウェーブのある栗毛を一つに束ねている状態だ。双子たちは『義妹』だと言ってはいても、見た目はどうみても男の子だ。

 そもそも、その『聖女』のイメージってどんななのよ、と言いたいところではあるけど、今の私から連想しろというのは、難しいかもしれない。


「確かに、ミーシャちゃんの見た目からは無理かもしれませんけど……だからといって、こんな幼子にあの威圧はないでしょうに」

「あ、うん。それは、その、申し訳ない」


 ……イスタくんから『ちゃん』付け……その上、『幼子』と言われて、若干ショックを受ける。私から見たら、イスタくんの方が十分『幼子』なのに!


「ちゃんと謝れ」

「最上級の謝罪を求める」


 ヘリウスの言葉だけでは双子は許せなかった模様。仁王立ちでヘリウスを睨んでいる。他国の王族相手にどうかとは思ったけれど、とりあえず、私の目の前で、土下座させてみた。


「も、申し訳ございませんでしたっ!」


 そして、土下座しているヘリウスの背中にパメラ姉様が乗って、頭をウリウリと地面に押し付けさせている……姉様、伯爵令嬢がやることじゃないし、そこまでしなくても、と思ってたら、イスタくんまで、その隣で土下座しだした。


「申し訳ございませんでした、なにとぞ、叔父上の命で、我が国を滅ぼすのだけは、ご勘弁を」

「うぉいっ!? イスタリウス、何を言ってるんだ!?」

「ぎゃぁっ」


 いきなり立上ったヘリウスのせいで、パメラ姉様の令嬢らしからぬ叫び声があがった。

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