第351話
宿屋の裏手の騒ぎに気付いたのか、トマスさんが慌てたように出てきた。
「何事ですかっ」
「トマス様っ、こいつ、ゲインのこと、攻撃しやがった!」
私のことを指差して、すごい剣幕で怒鳴ったのは、マックスさん。シリウスさんは、手持ちのバッグからポーションか何かを探している。
「ミーシャ様がですか?」
「ああ、そうだ!」
牙を剝きだして、私の方を今にも襲い掛かりそうな姿に、獣人の威嚇する姿って、こんななのね、と意外に冷静に見ている私。
ダンジョンで一緒だったへリウスも同じような狼の獣人だったけれど、ここまで感情的な感じじゃなかったのを思い出す。そこは彼の個性なのか、それとも冒険者ランクの違いなのか。
「ミーシャ様、これはどういう……?」
「私は攻撃してませんよ」
ジロリと、痛みをこらえているゲインさんへと目を向ける。
トマスさんは、私の言葉の意味に気付いたのか、サッと顔色を変える。
「そもそも、先に攻撃してきたのは、ゲインさん、あの人です」
「しかし、何も怪我をさせなくても」
「は?」
トマスさんは怪我に目を向けているのと、状況を理解していないから、そう言うのだろうけれど。
「はぁ……トマスさん、そもそも、無防備に背中を向けている子供の私に、『ウォーターアロー』なんていう攻撃魔法をかけてくるようなヤツに、遠慮なんかいりませんよね?」
「え?」
「な!?」
「マジかよ……」
……トマスさんはまだしも、マックスさんもシリウスさんも気付いていなかった模様。さっきまでの勢いは消えて、顔を青ざめさせ固まる二人。
思えば、ゲインさんの詠唱の声は、私にも微かに聞こえただけだった。
「気が付かなかったんですか?」
「わ、悪い……」
「マックスはミーシャに訓練を勧めた後、俺と話を続けてたんだ。水の弾ける音に気が付いて、目を向けたらゲインの足に、氷の矢が刺さってたものだから」
「お、俺もシリウスも魔力が少ないせいもあって、魔力の揺らぎとかを感知するのが鈍いんだよ」
しょぼんとした二人を見て、大きくため息をつく。
「……くっ、それだって、過剰攻撃したのは、そいつだろっ」
壁にもたれていた猫野郎が気が付いた模様。フラフラと立ち上がり、こちらに歩いてくる。イザーク兄様が私を庇うように背後に立つ。
「エイス、やめないか」
「お前は見てたんだろ、ゲインが攻撃してきたのを。ミーシャの前に立ってたんだから」
「確かに、ゲインが水の魔法を使ったのは見たさ、でも、それだけだろ」
「それだけ? ……猫の獣人のくせに、あの人の詠唱、聞こえなかったの? ……私でも聞き取れたのに?」
「はっ。自分の身くらい守れるんだろ?」
そう言って、歪んだ笑みを浮かべている猫野郎。
私、猫好きだけど、コイツは駄目だわ。
……ああ、可愛い猫に会いたいなぁ。
思わず、遠い目になった。
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