イニエスタ・マートルは己の愚かさに後悔しかない(1)

 シャトルワース王国国王、ヘンドリクス・オル・シャトルワースの額には、怒りのあまり、青筋がビクビクと脈打っていた。これ以上機嫌を損ねると、脳溢血で倒れてしまうかもしれないほどに。

 謁見の間には多くの貴族たちが集まり、皆が一様に冷ややかな眼差しを、中央で跪いている二人の男に向けられていた。

 一人は第二王子、エドワード。もう一人は、魔術師団団長補佐のイニエスタ・マートル。


「なんということをしでかしたのだ!」


 右手にはレヴィエスタ王国からの正式な書式に基づいた抗議文が、ぐしゃりと握りつぶされている。


「エドワード!」

「はいっ!」

「お前は、そこのイニエスタ・マートルに聖女召喚の儀を行わせたのか!」

「え、あ、そのっ」

「どうなんだ!」

「は、はい……」


 青ざめた顔の第二王子は、最後には消えるような声で返事をする。たまに叱られることはあっても、今日ほど恐ろしく怒られたことがなかっただけに、第二王子はブルブルと震えだしている。


「なんということを……お前は、お前はわかっているのか! 無意味な召喚の儀など、ただの誘拐と同じであるぞ! 先日、レヴィエスタから調査を勧められていたので、指示を出すだけは出しておったが。詳しい調査報告が上がってくる前に、あちらから、この抗議文だ!まさか、自分の息子がここまで愚かだとは思わなんだ! その上、その上……イニエスタ・マートル、何故、聖女様に『隷属の腕輪』などという物を贈ったのだ!」

「……申し開きようもございません……偏に私が愚かだったのでございます」

「言い訳でもなんでもよい! 理由を申せ! お前ほどの者が何故っ! 何故じゃっ!」


 二十六という若さで団長補佐を任されたのは、国王の期待の大きさでもあった。だからこそ、裏切られた思いの強い国王はイニエスタに、それが如何なる理由であっても釈明をさせたかった。

 国王の裏返った声が、イニエスタの心臓に突き刺さる。


 何故、何故、何故。


 それはただ、第二王子エドワードを王位継承者へと押し上げるため。

 そのためにと、己で出来ることをやったまで。元は王子の我儘から発したこととはいえ、例え、多少愚かであろうとも、周りで支えていけば、エドワードであろうとも、未来の国王と成りえたはずだったのだ。

 その為にも、もう一度、聖女を呼ぶために老婆を消さねばならないと思っていた。

 しかし老婆を見つける前に、別の『聖女』と言われる者が現れたのであれば、第二王子のために手に入れなければと思ったのだ、例え、どんな手を使ってでも。

 冷静に考えれば、それが安易すぎる方法であったと、イニエスタでも自分の愚かさに気付く。

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