イニエスタ・マートルは己の愚かさに後悔しかない(2)
無言のままのイニエスタに、国王の怒りはヒートアップしていく。
「すでに、各国に通達が回っておる。我が国が聖女を嵌めようとしたとな。辛うじて聖女様が戦にだけはしてくれるな、と抑えて下さったからよかったものの……おかげで、各国と結び直した通商条約も凍結じゃ! いや、むしろ改悪になるのが目に見えておる。最悪は国交すら無くなるやもしれんっ! その上、第一王子のアーサーのトーラス帝国の王女との婚約話も泡と消えたわ! これか、これが狙いか、エドワード! いや、カシウル公爵、お前の指金であるかっ!」
「こ、国王陛下! と、とんでもございません!」
「いや、こんな愚か者に育ったのは、お前とお前の娘である側妃マリエッタの教育のせいであろうがっ!」
「陛下っ!?」
まさか自分の身に降りかかるとは考えてもいなかったのか、名指しされたカシウル公爵と、側妃マリエッタが驚きの声をあげる。
「……カシウル公爵、そろそろ、息子殿に爵位を譲られて、自領に戻れられてはいかがか」
宰相が冷ややかな声で、カシウル公爵へと引退することを促す。
「そうだな、いや、公爵領は王都に近い。騒がしい社交界からも離れるためにも、息子殿が治める地に行かれてはいかがか。おお、そうだ。お一人では寂しかろう。マリエッタも共に連れていってやってくれ」
「陛下!!」
「……さもなくば、サシリア修道院行きだが」
「……は、はい」
魔の森の際に立つサシリア修道院は、女性貴族の墓場とも言われる場所。そこに閉じ込められるくらいなら、と、側妃マリエッタは項垂れながら返事をするしかなかった。
「イニエスタ・マートル」
「はっ」
「……非常に残念だ」
「うっ」
国王陛下の落胆の声に、小さく呻き声をあげるイニエスタ。
「エドワードは『封魔の首輪』を付けた上で王族から追放、平民とする。イニエスタ・マートルも同じく『封魔の首輪』を付けた上で……黒魔の塔送りとする」
その言葉に、広間にいた貴族たちがどよめく。
黒魔の塔は、罪を犯した魔術師たちが最後に送られる監獄。そこでは、王城のありとあらゆる魔道具や転移の間、王宮内の結界で利用される魔石へ、魔力を注ぎ込む作業が行われている。罪人達は、死ぬまで魔力を搾り取られ続ける。
「その者たちを連れていけ」
「父上!」
「……もう、お前は我が息子ではない」
「ち、父上ぇぇぇっ!」
悲痛なエドワードの叫び声に、イニエスタ・マートルはもう何も感じない。
衛兵たちに背中を押され、前を見た。その時、同じ部屋の中の端の方に立っていた、涙にくれている父と兄の姿が見えた。
その時だけ、イニエスタの表情が歪んだ。しかし、それも一瞬。イニエスタは彼らから視線をはずすと、無言のまま部屋を出ていった。
ただただ、心の中で涙を流しながら、ひたすら謝り続けた。
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