メイドは怒りで涙を零す(2)

 立派な服装をした若い男性が、男爵様に別の部屋に移動するように伝えると、男爵様が部屋を出ていく。私は彼らの後を、必死についていった。


「お前たちはこの控えの間で待つように」


 男爵様が大きなドアの前でそう言うと、私たちだけが残された。その間、ヘンドリックスと呼ばれた魔術師とは一切の会話もなく、ただ、ひたすら待つのみ。

 どれくらい経ったのか、ようやくドアが開いたかと思えば、また男爵たちとともに別の部屋に移動させられた。なんでも、大きな事件が起きたとか。すぐ隣にいたのに、その騒ぎにまったく気付かなかった。

 新しい部屋でもまたしばらく待たされた。いい加減にしてほしい、と苛々がピークになった時、ようやく人が入ってきた。

 見るからに高位貴族と思われる人々の中に、あの女はいた。それも、あの宿で見た時とは違い、美しく着飾り、澄ました顔をしている。その顔を見た時、私の怒りのラインがギリギリまで上がり、周囲など見えなくなった。

 男爵様が汗を拭いながら、何やら話しているけれど、女は不思議そうな顔で何やら反論している。


「私、貴方のことを存じ上げません。そもそも、なぜ、私がシャトルワース王国に行く必要がございますの?」

「あ、いや、貴方様はシャトルワース王国ご出身でございましょう?」

「いいえ」


 その言葉に、私は反射的に叫んでいた。


「う、嘘よっ!」


 だって、うちの宿に泊っていたじゃない!

 うちの宿屋に来るのは基本が国内のお貴族様か大商人ばかり。観光地でもないから、よその国の人たちは通り過ぎていくだけ。

 そう、普通ならば通り過ぎてくだけだったのよ。


「おい、その不躾な女はなんだ」


 低い男性の声に、ビクッとする。お貴族様の一人に睨まれて、身が竦むけど、それよりも怒りの方が抑えられない。


「は、はい。この者は我が国のとある宿屋に勤めておりまして。その際にこちらの聖女様を拝見しておりましたので、証人として連れてまいりました」

「そうです! この女です!」

「おいっ! 聖女様に失礼だぞっ!」


 聖女? 聖女って何?

 あの女が何だっていうの? あんなボロを着ていたのに。なんで、こんなお貴族様たちに守られてるのっ!?


「確かに、シャトルワースにいたことはありますが……悪いけど、貴女のこと、覚えがないんですが」

「っ!」


 困ったような顔で言われて、余計に怒りに頭が真っ白になる。

 あの女の後ろには、あの美しい方が厳しい顔で男爵様を睨んでいた。私の存在など、元からいないかのように、目を向けもしない。


 ――なんで、なんで、なんで! なんでなのよ!


                 * * *


 気が付けば、私は……別の簡素な薄暗い部屋に一人、座らされていた。


「聖女様の温情で、お前の不敬は問わないこととなった。しばらく、この部屋で大人しくしてろ」


 温情? 何それ。

 私は悪いことしてない。

 私の知っている事実を言っただけじゃない。それの何が悪いの。


 私は一人、ポロポロと涙を流すしかなかった。

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