閑話

公爵令嬢は、悲しみに涙する

 最初、目が覚めた時、自分がどこにいるのか、すぐにわからなかった。真っ白な光が部屋に溢れていて、見覚えのないベッドに横たわっている自分。


「マルゴ、目が覚めたか」


 ずっと聞きたかった、愛しいヴィクトル様の優しい声に、自然と涙が零れる。

 なぜかここ数日、王宮内でお会いしても、私へ向けられる視線は冷ややかで、お声掛けもしていただけない。私が何かしでかしたのか、と思って問いかけても、何も言わずに去っていかれてしまう。極めつけは、夜会での出来事。隣に立つ私には目もくれず、広間に立つ他国の令嬢を食い入るように見つめている姿。

 私はいつまでお傍に居られるのだろうか、そう思ったら、悲しみで胸が苦しくなって、血の気が引いてきて……。


 ゆっくりと視線を向ければ、ヴィクトル様がベッドの脇に置かれた椅子に座り、私の左手をギュッと握りしめている。よく見れば、美しい瞳の下に、薄っすらと隈が浮かんでいる。どこか泣きそうな表情に、どれだけこの方に心配をおかけしたのか、と思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「ヴィクトル様……ここは?」

「王宮の奥、離宮の寝室だ」

「……離宮?」


 レヴィエスタ王家は今でこそ、一夫一婦制であるものの、その昔、何人かの側妃を持った時代があったと聞く。その時に作られた離宮ということだろう。しかし、なぜ私がここにいるのかわからない。


「マルゴ、気付いてやれなくて、悪かった」

「えっ……?」


 寝たままの私を、強く抱きしめたヴィクトル様。突然過ぎて、頭がついていかない私。


「辛かっただろう。もう大丈夫だ。私が必ずお前を守ってやる」

「ヴィクトル様?」


 彼の与えてくれる温もりに幸せを感じながら、恐る恐る抱きしめ返す。私はヴィクトル様の腕の中にいる。それがどんなに幸せなことか、噛みしめながら。

 それから、今の状況についてヴィクトル様が教えてくださった。その事実に、ただただ驚くしかなかった。


 お父様は、今は亡きお母様とは政略結婚だった。それも、お父様にはすでに恋人がいたにも関わらず、家同士の繋がりの為だったと、お母様から亡くなる少し前に聞かされた。

 私が生まれた後、貴族としての勤めは果たした、とでもいうように、家に戻ることはほとんどなかった。

 それでもお母様はお家の為と、頑張っていらした。お父様への愛情というよりも、公爵家の奥方としてのプライドのほうが強かったかもしれない。

 私がヴィクトル様と婚約出来たのも、お母様のおかげ。王妃様とのお付き合いがあったからこそ。私も、ヴィクトル様に見合うように、と、お母様や王妃様から、厳しい教育をしていただいた。お優しいヴィクトル様の励みに応えるよう、精一杯努力した。

 そんな中、お母様は身体を壊し、病に気付いてから亡くなるまで、あっという間だった。

 そして、お母様が身罷られてすぐに、お父様は義母と妹を連れて帰っていらした。葬儀では、妻を亡くした立派な夫の姿を演じきっていたようだけれど、お父様が私に向ける視線は娘に向けるものではなく、酷く冷たいものだった。

 それでも、私を放り出すことはなかった。第二王子の婚約者、ということもあったかもしれない。むしろ、義母には出来ないから、と、屋敷のことをお母様から仕込まれていた私に仕事が回ってきた。

 家のことは嫌いではないけれど、まるで使用人か何かのように扱われる日々に、私の心も疲弊していく。王宮で王妃様やヴィクトル様と過ごす時間が、例え、妹が無理やりついてきていたとしても、私にとっては大事な癒しの時間だったのだ。

 それなのに、ヴィクトル様からの思わぬ冷たい仕打ち。容易に私の心は限界になり、今に至る。


 まさか……まさか、お父様から呪いのブレスレットを渡されていたなんて。それも、愛情を向ければ向けるほど、相手が離れていく、そんな呪い。ヴィクトル様があんな風になってしまったのは、あのブレスレットのせいだったなんて。

 お父様からプレゼントなど貰ったことがなかったから、頂いたブレスレットに単純に大喜びしたのに。

 まだ、私はお父様の娘として認めていただけていると思ったのに。


 ……そんなにも私は疎まれていたのか。


 私は先程までとは違う、悲しみの涙が零れた。

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