自称『聖女』の思惑通りにならない現実

 アイリス・ドッズは、苛々しながら、学生寮の自分の部屋のベッドに鞄を叩きつけた。


「どうして、思い通りにいかないのよっ!」


 レヴィエスタ王国の貴族の子女も通う学園に留学してきたアイリス。学園の寮には、遠方から来ている者だけでなく、他国の留学生も多く見受けられる。多少の部屋の大きさの違いはあるものの、ほぼ似たような部屋が用意されている。

 アイリスの部屋も、けして狭くはないはずなのだが、多くの荷物を持って乗り込んできたせいで、手狭な感じになってしまった。お付きのメイドは、少しうんざりしたような顔つきになってはいるが、アイリスに見つかる前に、無表情に変える。


「それに、このブレスレット、本当に効いてるの?」


 アイリスの手首には、カリス公爵から渡された青い石の嵌ったブレスレットがつけられている。カリス公爵からは、このブレスレットには魅了の能力があると説明を受けていた(皆さんご存じの通り、実際にはそんな能力などない)。これをしていれば、この国の第二王子、ヴィクトルの心を得られる、との話だったのに。


「王宮に行っても、会うこともできやしないし」


 本当は王宮から学園に通うつもりだったアイリス。自分はハロイ教でも認められた『聖女』なのだ。偽聖女を追い出したのだから、当然、国をあげての歓迎を受けてしかるべきだと思ったのに、なぜか学園の狭い部屋にいる。

 そして、第二王子にはすでに婚約者がいるという話に、聞いてないわ、と外交官のヤーフェス子爵に文句を言ったが、子爵のほうでは、一応、お話はしましたよ、と素っ気ない言葉。それも、その婚約者がカリス公爵の長女だという。アイリスは公爵に対して、一気に不信感を募らせた。

 カリス公爵からしてみれば、第二王子から婚約破棄をさせたかったのかもしれないが、実際にはミーシャのおかげで事なきを得ている。そんなことは、カリス公爵もアイリスも知らない。


 アイリスは、それならば、と、次のターゲット、第三王子のリシャールへと目を向ける。ヴィクトルほど大人でもないし、美丈夫でもないけれど、これからが楽しみなタイプである、と、彼女なりに分析していた。

 学園でも、第三王子とは同じ学年。クラスは違っても、探せば見つかるはず、と思っていたのに、これまた驚くほどに見つからない。これは、学園内にいるレヴィエスタの貴族子女たちが、リシャールを守ろうとしていたおかげだ。

 アイリスと同じように、帝国からの留学生もいるにはいるが、彼女が侯爵家の養女(それも平民出身)であることは有名で、その上、彼女のキツイ性格も災いして、誰も彼女のそばに寄ろうとしなかった。


 帝国にも、シャトルワース王国での聖女召喚の話は伝わっていた。そして、その聖女がレヴィエスタ王国に現れたという。その噂が出てすぐ、ドッズ侯爵の領地に、聖属性の魔法が使える娘がいる、という話が侯爵自身に伝えられた。それから間もなく、アイリスはドッズ侯爵に引き取られた。

 侯爵が知り合いのハロイ教の信者を通し、帝国内の教団へ十分な寄付をすると、教主はアイリスをハロイ教の認めた『聖女』として祀り上げた。おかげで、アイリスの勘違いに拍車がかかるのだが。


「もうっ! このままではお義父様に、叱られるわっ!」


 アイリスはドッズ侯爵から、レヴィエスタ王国の中枢に入りこみ、楔になるように、と言われていた。偽『聖女』を蹴落として、真の『聖女』として、ゆくゆくは王子の妻となり、王家の中に入りこむようにと。


「どうしよう、どうしよう……」


 指の爪を噛みながら、アイリスは部屋の中をウロウロと歩き回る。そんな彼女を、内心で馬鹿にしながらも、メイドはただ無表情に見つめていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る