第1章 おばちゃん、召喚される

第1話

 突然、どすんっ、と勢いよく、石か何かでできた硬い床に身体が落ちた。

 そう、本当に突然。


「っぐは!?」


 力なく息を吐き出すも、背中から腰にかけて強打したせいか、身体を動かすことが出来なかった。

 例え病気で体重が減ってたとしたって、薄っぺらいパジャマだけじゃ、全然衝撃を吸収なんかするわけもない。


『おお! 無事に召喚できたようです!』


 誰かが何か叫んでる。


『しかし、随分と痩せてらっしゃる……というか、ヨレヨレではないか?』


『そもそも、この皺皺な老女が……本当に聖女なのか?』


『王子! 失礼なことをおっしゃらないでください』


『しかしな、聖女といったら若くて美しい女というのが、定説だろう?』


『王子!』


 さっきまで病室で医師と看護師、そして夫がさめざめと嘆いていたはずなのに、突然起こった周囲の騒めきに、頭が回らない。


 自分でも、ついに死んだのかと思ってたのに、物理的な痛みで、三途の川を渡る前に呼び戻されたことに気が付く。というか、三途の川までも辿り着いてなかったか。


 ヒューヒューと弱い呼吸音を漏らしながら、ゆっくりと目を開ける。

 そこはまるで、ファンタジー映画か何かで見たような、地下の洞窟にでも密かに作られた教会みたいな場所のようで、その上、シェークスピアか何かの舞台の衣装を着ているような外人がいっぱい。


 黒いローブを着た老人たちや、西洋の甲冑を着ているのもいれば、ご立派な髭をたくわえた偉そうなおっさんもいる。中でも、人一倍喚いているのは、二十代前半くらいのキラキラしい若者。


 その誰もが口々に何かを言ってるんだけど、さっぱり意味がわからない。

 英語でもないし、フランス語でもない。まぁ、どっちの言葉だったとしても、私にはよくわかんないけど。


 ただ、私を指さして何かを言い合っているのはわかる。


 常識はずれな状況と、常識はずれな人たちに、まさかのお芝居? とか思ってしまう。

 いつの間に病室をここまで変えたんだろう?

 湿ったような空気感とか、出来過ぎで凄い。

 というか、早くベッドに戻してよ。


 死にかけの割に、そんなことをぐるぐる考えている間にも、床から伝わる冷気で身体がどんどん冷えていく。

 長い間ベッドで寝ていた私に、自ら、身体を起こす体力も残っていない。

 そんなこと気付きもしない役者と思われる外人たちは、相変わらずギャースカ騒いでる。

 その中で一人、甲冑を着た若者が、眉間に皺をよせながら私をジッと見つめると、ローブを着た老人に話しかけた。


『何やら、体調が悪そうに見えますが……』


『なんですと!?』


『ええいっ! 誰かっ! 誰か、治癒士を呼べっ!』


 うるさい。

 もう、いっそのこと死なせて……


 そう言葉にしたかったけれど、結局出てきたのは、掠れたような呼吸音だけ。

 そして私は、再び意識を失うのであった。

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