おばちゃん(?)聖女、我が道を行く ~聖女として召喚されたけど、お城にはとどまりません~

実川えむ

プロローグ

 体調不良を自覚したのは一週間ほど前。

 もともと持病もあって、いくつもの薬を飲んでいたけれど、なぜか一気に具合が悪くなった。

 ここ最近、体力の低下を自覚はしていたものの、このように体調が酷くなったのは初めてだった。

 結局、通院していた病院に搬送され、そのまま入院。

 そして今に至る。


 ひどく耳障りな機械音が、古びた病室の中でビービーと鳴り響いている。


 うるさい、と声に出せるなら出していただろう。

 しかし実際には、人工呼吸器のマスクをしてても呼吸が苦しく、意識も朦朧としている私に、そんなことができるわけもない。


 無表情な若い医師と看護師が、小声で何か話している一方、ベッド脇では、もうすぐ六十近くなる夫が年甲斐もなく、涙を流しながら私の手を握り、縋りついている。


 ボロボロのぐしゃぐしゃ。

 頭もすっかり薄くなっちゃって、ずっと私なんかの看病をしてたせいで、身の回りを気にする余裕もなさそう。

 私なんかよりも、よっぽど家事ができてしまった、出来た夫。


 そんな夫と結婚して、既に二十年を越えていた。

 この年になってしまえば、恋愛のような情熱はすっかり落ちついてしまった。

 むしろ、親友のような、戦友のような関係になっていた。

 今思えば、それはそれで、居心地の良い関係であったと思う。


 一緒に生活してきて、ここまで泣き崩れた夫を見たことがなかった。

 普段の私だったら、呆れながらも、思わずクスリと笑ってしまっていただろう。

 冗談半分に、私がいなくなったら、俺も生きていけない、と散々言ってた夫。

 お願いだから、先に死んでくれるな、とも言っていた。

 でも、残念ながら、私の方が先に逝くことになりそうだ。 

 私たちの子供代わりの二匹の猫が気がかりだけれど、こんな人に任せて大丈夫なんだろうか。

 私がいなくても、あの子たちのために頑張ってくれなきゃ困るのに。



 ……まったく。


 

 笑みを浮かべる力もなく、ただ、困った人ね、と思ったのが、私がまともに考えることができた最後のことだった。

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