第197話

 何やら揉めているようだけれど、会話まではここまでは聞こえてこない。さすが貴族のご令嬢たち。声を荒げることなく、戦っている模様。凄いな。

 ざわざわした食堂の中、バシャッと水の音が聞こえた。誰かが、コップでも落としたか、なんて呑気に思っていたんだけど。


「あ、逃げた」


 一人のご令嬢が食堂の出入り口の方へと、小走りに向かっている。彼女は……


「……プレスコット様ですわね」

「あら、制服に酷い染みが」


 私の呟きに、すぐに反応するレジーナ嬢。ご令嬢に向ける眼差しには、なんの感情も見られない。ただ事実を教えてくれた、という感じ。

 おや、制服であるグレーのワンピースにしっかり紫色の染みが広がっている。あれはぶどうジュースか何かだろうか。さっきの水の音は、あれか。あの修羅場な感じだと、伯爵令嬢たちのどちらかに、かけられたのだろうか。うわー、なんか、韓流ドラマとかに出てきそうだわ。

 こちらに向かってくる彼女の顔に目を向けると、感情を抑えるためにグッと口元を真一文字にして、食いしばってる感じ。そんな彼女に声をかけるような人たちはいない。

 なかなか厳しい環境にいるみたいで、ちょっとだけ気の毒に思い始めていたんだけど……出入り口近くの私たちの所を通り過ぎる時には、もう自分の事を見ている者などいないと思って気が緩んだのか、なぜか口元が微笑んでいるように見えた。

 まさか、苛められるの喜んでる? いやいや、そんなドMな訳ではないだろう……むしろ。


「このまま王子の所に行ってチクったりしそう……怖っ」

「……アウラさん? どうかしました?」

「あ、いえ、なんでもございませんわ」


 無意識に呟いてしまった言葉は、幸いなことにレジーナ嬢には聞き取れなかったようだ。問いかけるような彼女の微笑みに、私も笑みを返して、そのまま食事を続けた。


 私自身、それほど頻繁にレジーナ嬢といるわけではないものの、あの年上の三人の争いには巻き込まれていないのは、私でもわかる。

 彼女たちよりも年下ということもあって相手にしてない、ということなのか、あるいは、レジーナ嬢の方が身分が上だから、ということもあるのだろうか。彼女たちからライバル視されていないことに、レジーナ嬢自身がどう思ってるのか、聞いてみたいところだけれど、そこまで親しいわけでもない私から、聞くわけにもいかないか。


 食事を終えて、私が口元をナプキンで拭っていると、先程の伯爵令嬢二人と取り巻き達が、出入り口のあるこちらの方へと、おしゃべりをしながら歩いてくる。彼女たちの視線は、一瞬、レジーナ嬢に向けられたけれど、すぐに視線を反らして、そのまま食堂から出て行った。

 初めて、令嬢たちのバトルを見て、なかなか刺激的だなぁ、なんて思ったけれど、あんな風に感情的になるようなお嬢さんたちや、何やら裏表のありそうなお嬢さんってどうなの? とちょっと思った。いや、むしろ、この世界の社交界というのは、そういうものなんだろうか。一度、ジーナ姉様に話を聞いてみた方がいいんだろうか。


「アウラさん、お部屋に戻られます?」

「あ、はい」


 ニッコリと微笑むレジーナ嬢を見て、こういう気遣いのできる大人しい子の方が、私は好ましいと思うけどな、と、ちょっと思ってしまった。

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