第150話

 腹黒デブの不愉快な声が会場に響く。


「ふんっ、どこの者ともわからない者よりも、身元のはっきりしたアイリス嬢のほうが『聖女』に相応しいわ」


 そんな腹黒デブの言葉に賛同するような声もチラホラ聞こえてくる。明らかに身内? 同じ派閥? とでもいうんだろう。赤く色づいている人たちの辺りから聞こえてくる。

 そもそも、召喚される『聖女』に、この世界でのはっきりした身元なんかあるわけないのに。

 あー、マジで私を怒らせたいのかしら。ちょーっとカチンときちゃうよねぇ。イラっとして振り返ろうとした時、目の端に再びマルゴ様の姿が見えた。血の気の引いた真っ青な顔に、プルプルと震えている。彼女の状態に気付いている人はいない。皆、目の前で行われている三文芝居に目が行っている。しかし、隣に立ってる第二王子は何故気付かないかな……ああ、あの人、アイリスに目が釘付けになってる?

 おいおい、まさか。


「イザーク兄様、マルゴ様が調子が悪そうです」

「何!?」


 私の小さな声にも反応してくれるイザーク兄様。私の言葉でマルゴ様に気付いたのか、兄様がするするとマルゴ様のそばに進んで行く。私も当然、後を追う。まだ、何かしゃべくってる腹黒デブ、自分の娘にも目もくれない。そういえばエミリア様はどうしたんだろう。


「マルゴ様、大丈夫ですか」


 イザーク兄様の気遣う声に、マルゴ様がハッとしたように兄様を見上げる。


「え、あ、だ、大丈夫です」


 いやいや、駄目でしょう。それに、何? マルゴ様の手首から薄っすらと黒い埃が舞ってるように見える……まさか!?


「兄様、少し離れて」

「ミーシャ?」

「マルゴ様、浄化します」

「えっ」


 一応、断りをいれてから、マルゴ様の手首に手を伸ばして、浄化を意識する。

 パリンッという何かが壊れる音がした。


「あっ」

「マルゴ様っ!」


 カクンッと膝から折れるように倒れるマルゴ様。慌てて兄様が抱えこみ、周囲の人たちも驚きの声をあげてるのに、第二王子は気付きもしない。ぼうっと前にいるアイリスしか目に入ってないみたい。

 ……それって、反応として、ちょっとおかしくない?

 腹黒デブのこともあって苛ついてたから、つい、第二王子の脛を思い切り蹴ってやった。


「痛っ!? え、あ、マ、マルゴ!?」

「何やってるんですか、ヴィクトル様!」


 マルゴ様を抱えたイザーク兄様の叱責に、第二王子、驚いている。


「な、何があった」

「それよりも、マルゴ様をどこかで休ませないと」

「あ、ああ。すまん……マルゴ、大丈夫か」

「……」


 すでに意識がなさそうなのに声かけてどうするよ。当然返事なんかできるわけない。それに腹黒デブも、自分の娘が倒れたってのに、相変わらずフロアの中心でアイリスのことを褒めちぎっている。そんな状態に、私は違和感ありまくりなんだけれど、まずはマルゴ様の方が大事。


「兄様、早く」

「ああ」


 イザーク兄様に抱えられたマルゴ様は、意識のないまま力なく兄様の胸にもたれながら、涙を一粒零した。


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